救出に出向いた大型船と救出されようとした大型船が衝突し、原油が流出した事故の話です。
原油を積載したVLCCタンカーが東部インド洋を日本向け航行中、本船から約18マイルの位置で火災発生により漂流中の貨物船からの救助要請を受信したため、直ちに現場に向かいました。救命ボートに避難し、波間にもまれていた遭難船の乗組員を救助しようと接近しましたが、折からの風浪に流されて遭難船が急接近し、本船に接触して貨物タンクに大きな破孔を生じました。積荷の原油の一部が海上に流出しましたが、損傷を受けたタンクの原油を他タンクへ移す措置を講じた結果、さらなる流出は食い止めることが出来ました。流出した原油が揮発性の高い軽質油であり、モンスーンシーズンで風浪が激しいことも要因となって、海洋汚染等の被害は当初の予想ほど大きくなりませんでした。
この事故の主原因は、強風下で相手船に接近するに当たり、船長が両船の漂流速度や潮流影響に違いがあることを十分に斟酌しなかったという操船判断ミスがあったことです。簡単に言えば、漂流船に近づき過ぎたのです。そして衝突のおそれに気づくのが遅れて、避航操船が間に合いませんでした。遭難船の救助は、私達船員の義務、使命です。私がその現場に遭遇しても、当然のことながら臆することなく闘志を奮い立たせて救助活動を行うでしょう。
昔、操船シミュレーターを用いて今回の衝突事故を再現して、VLCC船長と同じ視点から衝突事故を体感してみる機会がありました。VLCCの船橋から見ると、遭難船周囲の海域には何の障害物もなく、かなりの近距離になるまで、衝突の危険を察知できなかっただろうなぁというのが、正直な感想です。
広い海域で逃げ場がいくらでもある状態で、一刻も早く本船に取り残されている乗組員を助けたいという思いから、船長は自船の操縦性能を過信し、救助船の方位が変わらないことさえ気にせずに夢中で接近したと推測できます。やはり、「大型船同士は1マイル以上接近しない」という厳格な判断基準が必要です。
別の事故ですが、自動車運搬船が香港沖で錨泊している2隻の船の間を通過するときに、風や潮流に圧流されて、錨泊している船に衝突する事故が発生しました。錨泊している2船間の距離は約7ケーブル(1300m)で、自船の速力はFull Aheadで約9ノット。風潮流がなければ、それほど難しい操船ではないはずです。しかし、遠くから接近する反航船を避けることを意識し過ぎたためか、風下側へ寄りすぎた結果、衝突したのです。事故状況の再現映像を見れば、圧流されることを考慮してもっと風上側を航行すればよかったのにと誰でも思いますが、タンカー事故と同じように操船者にとっては少しずつしか変化しない状況は危険を察知し難いのかも知れません。
ポイントを整理すると、以下の3点が今回の事故防止に必要な対策です。
- そのときの気象・海象に応じた操船性能を的確に評価・把握すること。
- 二次災害のおそれを含む十分なリスク分析を日頃から心がけ、船長は先ず自船の安全を第一に確保すること。
- 自船の操縦性能が悪い場合、他船への接近距離は十分に確保する。