櫓櫂舟

安達 直安達 直

櫓櫂舟から巨大船までを操ることに恵まれた海技者として、また、その海技力を礎にした船舶管理者として、海運が急成長した時代を生きて心に残った経験や持論を纏めておきたい。これが、島国に住みながら何故か海洋と船舶に心の底から馴染めないのか、それらを文化基盤と成し得ていない日本人への水先案内になればと思っている。海や船に関わっている人か否かを問わず、それらの素養として読んでもらいたい。

丸子舟

日本で使われてきた櫓と櫂(オール:Oarとパドル:Paddle)の推進力は、西洋式のOarやPaddleの様に単純に水を掻く反作用の力ではなく、断面が翼状の櫓や櫂を水中で左右に振って得られる揚力である。

今日のフォイト・シュナイダー式プロペラの元祖であろうと直感できるほど優れたアイデア器具である。生家の裏庭は海なので漁師に限らず多くの家が「丸子舟」を保有し、その推進器には櫓と櫂が備わっていた。家業で使うには随時「船外機」を搭載して利便性を向上させていたが、子供達は専ら櫓を漕いで海に遊んだ。漁業を営んでいた叔父は、櫂で操る「丸子舟」から箱メガネで海中を観回して獲物に接近しヤス等の漁具で捕獲する「底見漁法」に長けていた。

丸子舟

久美浜湾で櫓を漕ぐ、我ら三羽烏(小学5年)

「丸子舟」とは、名の通り船首尾から船底まで丸く纏められ、後部船幅を広くした線形は安定性・旋回性に優れた舟である。船底中央縦通材には樹齢30年超の杉の一枚板を据え、その両側に船側外板を接合し内側に曲げて立ち上げ舷縁が構成されている。

因って船体の横断面は傾斜時の浮力増加を齎す膨らみを有し、横から眺めは舷縁が船首と船尾へ反り上がってSHEER:舷弧を有している。STEM: 船首材は30cm幅の厚板で前面が丸く削られ、水面と約60度の仰角で立ち上がっている。その下部と繋がる船底板は、船首部から中央後部まで幅と深さを増して最深部を形成し、そこから後端部に向けて約45度で水線を切り後方へ傾斜したTRANSOM:船尾板に接続する。船尾板も外側へ僅かに丸く膨らみ、船首材から船側・船底と曲線で締め括っている。戦艦「大和」級の船型にも通じると閃いたのは、私だけの惚れ込みだろうか。

櫓を左右に振って漕ぐ動作は船体横揺れを起すがCHINE:船底縁が角張らないラウンドボトム:丸型船底なのでリズミカルに横揺れに同調して漕ぎ易く、滑るように進む船体は航走抵抗の少なさを示している。

この横揺れによる転覆の防止対策として、櫓を漕ぐ位置となる後部船底の幅を広げて復原性の向上が図られており船尾縁がこの舟の最大幅を成す。その縁材:船尾梁の左舷寄りに櫓の支点となる突起「櫓(ろ)臍(べそ)」が打ち込まれている。その外側の左舷端には櫂の支点となる「櫂(かい)綱(づな)」が下がっており、これに長さ1m余りの櫂を引掛けて繰り全水平方位への推進力を得る。櫂を操る時は船尾寄りに座るので船首が浮上して後部だけで浮いている格好になり、櫂による敏捷な旋回運動を可能としている。船尾両舷部に櫂を備えた櫓櫂舟を機械化した発展型が、後述するVoith Schneider:ヴォイス・シュナイダー型(VSP)やZ型のタグボートと言えよう。特にVSP型の推進理論は櫂からの発想ではないかと感心する。

櫓櫂漕

丸子舟で使う櫓の一般的なサイズは、長さ3~4m、重さ10~20kgと推定する。船尾縁材の上に3~4cm突出した「櫓(ろ)臍(べそ)」に櫓の穴「入り子」を被せるだけの柔軟で融通性のある嵌合なので未熟な漕ぎ方では簡単に櫓が外れる。外しては乗せ又外しながらコツを覚えるのだが、上達するにはこの繰り返しに耐える体力が要る。

往年の大投手、稲尾和久選手は、幼少からの櫓漕ぎによって野球投手の素養ともなる強い手首を獲得したと聞いた。櫓の形状はそれぞれ直材の平板翼状部と押潰した野球バット状の操作部に2分され、前者の上端付近の下部には「入り子」部材が組込まれている。後者の上に後者を「へ」の字に継重ね接合して翼面部の入水が深くなるように一本の櫓が完成される。櫓を漕ぎ始めた頃、櫓を外すと「まだまだ若い」とか、肝腎な櫓臍が折れたりすると「男が弱い」と子供には不可解な叱咤激励が陸上から監視中の熟年婦人会から浴びせられた。

母の里:大向の水(み)戸口(とぐち)にて、「渡し舟の力漕」
櫓の推進力で櫓柄が上昇しないように固定用の櫓綱を架けている。後方の家は、舟小屋を兼ねた「舟家造り」。漕いでいる福田さんは、冬の蟹底引き漁船で転覆したが、仲間を船内に慰留しながら岸への漂着を待って生還した猛者である。帰省の度に良く可愛がってくれた。

櫓を手前に引く時には、手首を掌側に折り曲げて櫓の翼面を外側に傾けて下方から上への軌道で引いて水を外(左舷側)へ押し出す。反対に櫓を向こうへ押す時は、手首を甲側に折り曲げて翼面を内側に傾けて下方から上への軌道で押して水を内(右舷側)へ掻き込む。引きと押しの切り替え直前に手首をスナップさせ、丁度、櫓柄末端が無限:∞形の軌道を描くように滑らかに連続させる。

水中に在る櫓の翼状断面部が左右に往復運動して進推揚力を得る時、その反力で櫓の水中部が下方へ押さえられ、逆に櫓柄側は櫓臍を支点として上方へ上がろうとする。それに釣り合うように櫓柄部をシッカリ押さえ込まなければ安定した漕ぎの押し引きができない。この力を省く為、足元付近の船体に固定した綱の先端輪を櫓柄に掛けて制御する工夫も凝らしてある。このように推進力の増大に伴って、その作用点、且つ櫓漕運動の支点となる嵌合部の結合力も相応に強くなるのは恰も気合の均衡と言えよう。

櫓は前進専用の推進器なので、後進や急旋回には櫂をスタンバイしておく必要がある。丁度、平家物語にある梶原景時の提案した櫓を舳先に付ける「逆櫓(さかろ)」の採用である。一般の櫓櫂舟では櫓が左舷寄りに設置されているが理由は定かではない。

漕ぎ手は左舷側のPort:港岸壁や桟橋に面して立つ格好になるので「左舷付け」が容易になる。これは西洋船のPort:左舷の語源と奇しくも一致している。因みにStarboard:右舷の語源は、Steering Boardの訛りであり帆船等が舵取オールを右舷側に装備していたので、反対舷のPort:左舷が着岸舷となっていた。多数の櫓を備える大型の櫓櫂舟には、両舷に4丁ずつの櫓を備えた「八丁櫓」もあり定置網等での漁獲と運搬に使われた。

西洋式オールを使うボートはクラッチ:馬蹄形のオール受けを推進器と船体の接合部分としており、合理的な確実性でオールの脱落を防止している。これも東洋と西洋の文化の違いだろうか。「気合の釣り合い」と「合理性の釣り合い」の違いがある。船体の縦方向(船なり)に備えた櫓を左右に往復させて前進推進力を得る原理には、両舷に横方向に配したオールで後方に水を掻いて前進するよりも奥ゆかしさがある。

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