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機船の変遷

安達 直安達 直

櫓櫂舟から巨大船までを操ることに恵まれた海技者として、また、その海技力を礎にした船舶管理者として、海運が急成長した時代を生きて心に残った経験や持論を纏めておきたい。これが、島国に住みながら何故か海洋と船舶に心の底から馴染めないのか、それらを文化基盤と成し得ていない日本人への水先案内になればと思っている。海や船に関わっている人か否かを問わず、それらの素養として読んでもらいたい。

機船

推進動力の種類による船舶の分類では、手漕ぎ舟・帆船・汽船と称せられる。汽船は原動機で推進する船舶であり、ディーゼル機関等の内燃機関、或いは蒸気機関等の外燃機関を装備した船舶の総称である。

我が幼少時代の久美浜湾では、櫓櫂舟は遊び道具として馴染んでいたが、内燃機関を装備した船は少なく船外機も珍しかった。子供心にも大きな波を立てて付近に停めてある小舟を揺らして走る機船には一目置いていた。その機関室を覗くと、リズミカルに上下動を繰り返すロッカーアームや機関回転軸が船底のスクリューへと延びる構造に目を奪われ、騒音と油臭も混じって強烈な印象を受けた。

母の郷里への道中には定期便の機船「あさなぎ」による海路が有り、それに乗るのが大きな楽しみだった。目前の海に船首材が闖入し次々に波を造る眺めは、機船のダイナミズムを感じる所の一つだ。2つに裂かれた海面が船首両側に等しく盛り上がっては船側に反り返り八字波となって広がる連続作用を不思議によく見つめていた。先発の波は後発の波に決して追い越されず整然と連なって進む状態の不思議な美しさに感心した。子供の単純な願いから、自分の乗っている船を増速させようと窓枠を舳の方へ押したり、船の後から前へ走っては急に止まったりを繰り返していた。

初代「あさなぎ」の推進機は焼玉機関であった。起動前には機関の各シリンダーヘッドの外側に装備されたバーナーに燃料を注ぎ、その火炎でシリンダーに組み込まれた鉄の円盤部分=焼玉を焼いていた。熱そうに赤く焼けた頃合を見てシリンダー内に燃料が噴射された。起動直後の不完全燃焼の黒煙が排気円筒からドーナツ形にポンポンと・・・と軽やかな音と共に撃ち出された。ふわふわと上昇するドーナツ排気煙の光景と油の染み付いた機関室の匂いが懐かしい。

二代目には綺麗な深緑色に塗装されたディーゼル機関が据えられた。頂部にある吸排気の弁機構がリズミカルに動き、機関の音も重厚で速くなって格段の力強さを感じた。ディーゼル機関は燃料へ着火するために機関シリンダー内の空気をピストンで発火点以上の高温に圧縮して、そこへ燃料を噴射する。電気的な着火装置を要しない簡潔な内燃機関であり、耐久性と信頼性を必要とする船舶用機関として革新的に普及した。その燃料は深緑色のA重油が使用されていたが、最近の同類船は軽量で高回転/馬力の機関が主流になり燃焼性の良い軽油を焚いている。

単気筒から4気筒程度の小型のディーゼル機関を起動させるには、電動モータや圧縮空気を使わず手動ハンドルで弾み車を回し勢いがついたら燃料を噴射して燃焼運転に移る。この起動作業は腕力の未熟な中学生に怖さを感じさせるものだった。勢い良く弾み車を回転させないと、シリンダーを圧縮状態に切換えた時にピストンが上死点まで上がらずに逆転してハンドルも跳ね飛ばされる。これで負傷するような羽目にならないよう最後の一回しは渾身の力で弾みを付けることが肝腎である。起動に成功すれば、タン、タン、タン、・・・・と軽やかな音を立てて自ら発生した爆発力で回り続けもう人間の力の及ぶ物ではない。

僅か四半世紀前迄は、中国沿岸の「ジャンク」と呼ばれる帆船や印度沿岸での手漕ぎ兼帆掛けの丸木舟が漁労に従事していた。今やこれらはディーゼル船に変わり、沿岸から100kmを超える沖合まで出漁している。

信頼性の高い機関と安全航行に必要なレーダやGPSを装備すれば確実に短時間で漁場に到達できる。更に魚群探知機や衛星通信等のハイテク機器も加えて徹底的に魚を一網打尽にしようとしている。叔父の『福栄丸』全長約10mもディーゼル機関を搭載した漁船であり、機関故障が原因で遭難の憂き目に陥る心配も減り行動範囲が広がった。この漁船で殆ど陸の山々が見えなくなる沖合まで連れて行ってもらい大海原を知った。勿論当時はレーダや方向探知機も小型船舶には普及していなかったので、子供心に何処を走っているのか気掛りだった。「帰る方向は分かっているのか」と叔父に尋ねたような覚えがある。周囲には海ばかりが上下動を繰り返し、遂に船酔いで横たわったまま寝てしまい船には乗っても楽しむまでには至らなかった。当時、岸から離れるに連れて次々に見えて来る岬を1枚2枚と数えて漁場へ向かう原始的な航海術を使っていた。特に夜間は、ちらほら見える陸の灯火を頼りに航海しており、どの方向に港が在るのか良く分かるものだと感心していた。

ディーゼル機関の頂部での整備作業中

ディーゼル機関の頂部での整備作業中

今日、殆どの大型船は効率の良いディーゼル機関を搭載しているが、大きなピストンの上下動を回転力に換える往復動機関のため特有の脈動が静かな船内にも伝わる。豪華客船では騒音と振動の防止が最も重要な性能であり、高圧蒸気でタービンを回転させ脈動を起こさないタービン機関を多用している。

いずれにしても、機関の駆動力を頼りに時化の中でも押し通すのが機船の走り方である。そのお陰で航海の予定が立てられるようになり定期・不定期船のサービスが始まった。今日では世界的な航路網に発展しており、更なる貿易の拡大に貢献している。しかし環境保護と原油高の昨今では、可能な限りの省力/エネ航行が重視され、一日で数百トンもの重油を消費する巨大船ともなれば殊更に注目されている。これを良く弁える船長や機関長は、自然の力に逆らわずそれを利用しようと常に神経を研ぎ澄ませながら、船体と機関の微動を感知しながら安全・効率運航に励んでいる。

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