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海上自衛隊と海上保安部の頼もしい活動に涙する

私達の命を守る最終手段である「洋上救急」の話です。

ある船で実際に洋上救急を利用する経験をしました。太平洋を航海中のある夕方、Mess Manが仕事時間になってもGalleyに来ません。不審に思ったChief StewardがMess Manの部屋をのぞきに行くと、激痛で動けなくなり、床に寝ているMess Manを発見しました。

激痛を自分の手の甲を噛んで堪えるほど苦しんでいました。衛生管理者がすぐにやってきて、指で右下腹部を押さえるとものすごく痛がります。これはおそらく盲腸であると判断し、横浜の無線医療に相談しました。お医者さんの判断も盲腸の可能性が高く、すぐに陸上の医者に手当してもらったほうが良いとの助言を得ました。ちなみに盲腸炎は正式には虫垂炎と言い、英語では「Appendicitis」です。臓器としての盲腸は英語で「Appendix」です。

当時、運良く沖縄南方を日本に向けて航行していたので、直ぐに最寄りの第11管区海上保安本部に電話で洋上救急を依頼しました。まず、保安部から本船へ依頼されたことは、那覇に代理店をたてることです。那覇の病院へ患者を搬送するためには緊急入国の手続きや治療費精算手続きがあり、代理店契約が必要です。さらに保安部から医者や看護師を洋上救急ヘリコプターに便乗させるかどうかの確認もありました。

ヘリコプター移送費は無料でも医者や看護師を付き添わせるには20万円ぐらいの費用が必要です。もちろん会社に確認の上、医者・看護師の付き添いを依頼しました。これらの費用はP&I保険で補填できるはずです。洋上救急を決定し、関係者に連絡してからは少し複雑な気持ちになりました。「これがもし盲腸炎でなくてただの腹痛だったら、とんでもない空騒ぎで終わってしまう。頼むから盲腸炎であってくれ。」と人間失格のような悪魔の気持ちになったことを今でも覚えています。

保安部に連絡したときは本船-那覇間の距離が300マイル以上あり、那覇に待機中の巡視船のヘリコプターが本船に飛来するには距離が遠すぎて届きません。そのため保安部は航続距離の長い自衛隊ヘリコプターにも出動要請をかけてくれました。そして、本船は全速力にスピードを上げて那覇へ向けて半日航行して距離を縮めました。巡視船のヘリコプターの航行可能距離(約140マイル)ぎりぎりの地点まで到達しましたが、結局は自衛隊のヘリコプターが救援に来ることになりました。ヘリコプターは那覇から1時間余りで飛来しました。

ヘリコプターが到着する前には保安部のRescue Aircraft(救助機)も飛来し、本船の周囲を巡航しながら本船とヘリコプター間の通信連絡の中継を行いました。なぜか、本船と自衛隊ヘリコプターは直接交信できませんでした。本船は船尾にヘリデッキがありましたが、自衛隊ヘリコプターは重量が重く、安全のためにWinchingで患者を収容することになりました。自衛隊の黒塗りのヘリコプターが本船船尾付近にホバーリングをすると、「海猿」のような格好をした2名の隊員が素早くヘリデッキに降下し、1名が病人をタンカーに乗せてそのままWinchで巻き揚げ、1名が病人の荷物と一緒にヘリコプターへもどりました。

普段の訓練のたまものでしょう、2人の隊員の動作は正確で機敏で、非常に洗練されている様子。まさにプロの動きです。このときほど海上自衛隊や海上保安部が私達船員を守ってくれる心強い存在であると感じたことはありませんでした。私も感極まってすこし目に涙が溜まるほど海上自衛隊の行動力に感動し、感謝の気持ちが心から込みあげてきました。後日、那覇の代理店より患者は那覇到着後、病院で診察を受け、やはり虫垂炎であったため、その日の晩に手術を受け、無事回復に向かっているという連絡を受け、乗組員全員で喜び合いました。

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