シンガポール通過のタイミングが運命の分かれ道

陸上との交通手段確保が容易でない船からの『緊急下船』の話です。

ある船で航海士が病気にかかりました。シンガポール通峡数日前からお腹が痛くなり、我慢していました。しかし、とうとう我慢できなくなり無線医療により専門医の支援を受けたところ、病状から判断して盲腸(虫垂炎)の疑いありとの診断結果でした。そこで代理店にシンガポールでの下船を手配しました。ところが、シンガポール通峡前頃には急に腹部の痛みも和らぎ、ずいぶんと楽になりました。そのためシンガポールで下船するかどうか本人は迷ったそうです。しかし用心のため、シンガポールで下船して病院へ向かいました。病院で診察を受けると、何と患部が化膿して破れて、一歩間違えれば手遅れになるほど病状は進んでいたそうです。

盲腸の場合、患部が破裂すると直ったのかと勘違いするぐらい一時期、楽になるそうです。まさにシンガポール通過が運命の分かれ目でした。もし、シンガポールで下船しなければ、彼の命は非常に危険でした。このように港や海峡の通過が船員の命をつなぐ重要なポイントなのです。船長が日程に余裕のある航海で航路計画をするときに陸に接近した航路を採用するのは、何もテレビが見たいからだけではないのです。急病人・けが人がでたときでも緊急入港できるということを考慮して陸岸寄りの航路を選択することもあり得ます。

別の船でも、船内で急病人が発生し、緊急下船させるという事例を体験しました。その船はシンガポール・マラッカ海峡を通過してペルシャ湾の積地に向け航行していました。RONDOを通過してインド洋に出て2日目の晩のことです。昼間から体調がすぐれなかったフィリピン人ABが夜になって激痛で苦しみ始めました。痛む場所はおへその上部と背中というので、最初は虫垂炎ではなく、胆石、十二指腸潰瘍、胃潰瘍ぐらいかなと思いました。そこで病状の変化を見ることにしましたが、5時間経っても痛みは一向に治まりません。体温や血圧等のバイタルサインに異常はありません。

痛みが尋常ではないので、医療無線で医師の助言を得ることにしました。医師の助言では虫垂炎の可能性もあるとのことでした。助言に従い、痛み止めのブスコパン内服薬を服用しましたが、痛みは少しも和らぎません。嘔吐もときどきあり、そのうちに発熱し、体温も39度以上となりました。激痛を訴えてから8時間経ち、本人も少し衰弱してきている様子が伺えます。やはり下船させるべきと判断し、会社へ連絡しました。

幸い本船はスリランカのGalleという港まで最大速力で20時間という位置を航行していました。Galleは昔からペルシャ湾航路の船が物資や人の乗下船をする中継地点の役目をしている港です。そこで、当人をGalleで緊急下船させるために、すぐに会社が指定した代理店と連絡を取り、まずヘリコプターの要請をしました。しかし、当時の海上はおお時化で、かつ、本船がヘリコプターデッキを装備していないため、ヘリコプター利用は不可との回答でした。

そこでGalle沖でService Boatと合流することになり、本船はMCRまで増速してGalle沖へ向かいました。1時間前よりVHFでService Boatと連絡を取りながら合流することができました。当時の海上は時化模様で、強風と大きなうねりがありましたが、針路調整でLee sideを作り、なんとかService Boatが接舷できるようになりました。当人は激痛と衰弱で舷梯を自力で降りることができません。そこでケージに当人を入れ、本船のマニフォールドクレーンを利用してService Boatへ移乗させることを試み、なんとか当人を無事下船させることができました。後で聞いたところでは、やはり病名は虫垂炎であり直ぐに手術をして経過良好となり、5日間の入院の後、フィリピンへ帰国したという情報を聞き、乗組員一同喜びました。今回の事例で痛感したことは、シンガポールと並んでスリランカのGalleも運命を左右する重要な港であるということです。

お医者さんの助言は、本当にありがたいものです

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