居住区や機関室だけでなく、甲板部でも様々な場所で使用している『蒸気』の話を一つ。
大昔、原油タンカーの甲板ウィンチがまだ蒸気駆動だった頃の話です。入港で甲板部が船首スタンバイしているとき、甲板長が新米の甲板員に「おい、あんちゃん、エンジンにいって蒸気をもらってきてくれるか」と言いました。昔は一番若いボットム部員のことを「あんちゃん」と呼んでいました。
大阪弁の「ぼく」と同じ感覚で、親しみや愛情を込めた呼び方です。そのあんちゃんは何を勘違いしたのか、バケツを持って機関室へ行き「蒸気を下さい」と言ったそうです。冗談のような本当の話です。もちろんこの場合の蒸気をもらって来てくれとは、機関部に頼んで蒸気ラインに通気してもらうことを意味します。
昔は大勢のベテラン日本人部員さんが乗船しており、このように楽しくユーモラスな出来事が今より多かったような気がします。職務上は上位の三等航海士といえども親子ほど年の離れたベテラン部員さんにこき使われたり、いじめられたり、また、ときには人生の先輩として非常に参考になるアドバイスを頂いたりしたものです。
若い航海士にとっては、年輩の日本人部員と一緒に仕事をするのは大変です。昨今の混乗船のようにかなり年上でも「イエッサー」と言ってくれて気兼ねなく仕事を頼める外国人部員の方が好都合かもしれません。しかし、その反面、昔のように日本人部員さんのおもしろい話、ためになる話を聞く機会が無くなってしまい、ちょっぴり寂しい気もします。
機関室内や甲板上で蒸気が使用されていますが、蒸気ラインは行きっぱなしの片道で、パイプの端から噴出しているわけではありません。必ず「行き」のパイプと「戻り」のパイプの往復でワンセットです。
もし蒸気が片道で行きっぱなしであると、ボイラー水の消費量が非常に多くなって、あっという間に水不足になってしまいます。油圧システムも同様ですが、蒸気ラインは行きと戻りで循環する「Closed Cycle」となっています。そして、蒸気システムでは行きを「Steam Line」、戻りを「Drain Line」と呼びます。
ボイラーで作られた蒸気は蒸気パイプ内を通りHeating装置や蒸気駆動の機器へ供給されますが、そこで蒸気が消えてなくなるわけではありません。仕事をした蒸気はある程度冷却され、ドレン(いわゆる水)になり、ドレンパイプを通って機関室のドレンタンクに戻されます。「ドレンアッタック」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?スチームライン内やドレンライン内をドレンが高圧高速で通過し、管内やドレントラップ付近でぶつかって「バンバン、ドンドン」と大きな衝撃音を発するのがドレンアタック (Drain Attack) です。寝ている人がびっくりするぐらい大きな衝撃音がするときもあります。
ちなみに油圧ラインの行き (Pressure Line) と戻り (Return Line) では行きの圧力が \( 50kg/cm^2 \) ときには \(100kg/cm^2\) と非常に高圧になっています。甲板上の油圧ラインで、どちらが行きのラインでどちらが戻りのラインかを見分ける方法を知っていますか?
フランジを見れば一目瞭然です。上写真のようにフランジが四角い形をしているのが高圧 (行き) 側で、丸い形の方が低圧 (戻り) 側です。