『部下からの報告』に関するお話です。
バラストタンクのオーバーフロー
荷役当直中のバラスト漲水作業において外国人3/Oが予定レベルに達したにもかかわらず、バラストタンクのサクションバルブのShutを忘れてAir Ventよりオーバーフローさせるというトラブルがありました。そして、そのトラブルを3/OはC/Oに一切報告しなかったのです。C/Oが3/Oに問いただして、ようやく事実が判明しました。
実際の操作は3/OでなくてABが行っており、その担当ABの集中力の欠如が直接的な原因です。操作者が集中力を何時間も持続させることは難しいものです。人間が継続して集中できる時間はせいぜい30分と言われています。ですから、作業にはメリハリが重要です。言ってみれば、途中のアレージワッチのときはそれほど張り詰めて作業する必要はありませんが、バラスト作業開始時や終了間際には細心の注意が必要です。
後から知ったことですが、オーバーフローさせたときにバラスト作業担当のABは初心者のOSに操作方法の説明中で、ついつい話に夢中になり、予定レベルを過ぎていることを見逃したのです。注意不足という単純ミスが直接の原因ですが、当直航海士が、そろそろ終盤で担当者ABが操作に集中していないことを見極めて、一言注意するか自分でバラスト操作を行うという機転が利けば、この事故は防止できました。実際にはなかなか難しいかも知れませんが、こういった事故のにおいをかぎ分け、危険を察知する能力が少しでも多く備わっていることが優れた航海士の要件ではないでしょうか。
もっと深刻な問題は事実を報告しなかったこと
このトラブルの最大の問題は担当者ABがバラスト水をオーバーフローさせるという失敗を起こしたことではありません。このトラブルにはもっと深刻な問題があります。それは当直航海士である3/OがC/Oにオーバーフローさせた事実を報告しなかったことです。オーバーフローさせて甲板上へ海水を流すことが如何に重大なミスオペレーションであるかを当直航海士が十分に認識しなければいけません。
例えば、タンカーでバラスト水をオーバーフローさせると大問題となり、始末書ものです。なぜ、海水をオーバーフローさせただけで大問題になるかと言うと、甲板上にあるFO/LO残渣がバラスト水と共に船外へ流出する可能性があるからです。このご時世、一滴でも油を船外へ流出させると大問題です。油の船外流出は絶対に許されるものではありません。
このときは、C/Oが出港時のManifoldスタンバイ作業時にデッキ上にバラストタンクのAir Ventから出た大量の錆び片を偶然にも見つけて、不審に思い原因を調査し、関係者各自に問い正して初めてその事実が明らかになりました。ターミナルからのクレームはありませんでしたが、もしターミナルからいきなりC/Oへクレームがきて、C/Oが事実を把握していなければ、大失態です。船の管理能力を疑われ、船内の連絡・報告機能が欠如していると判断され、日頃から築いてきた信用を一挙になくしてしまいます。
3/Oは自分のミスを責められたくないがため、あるいは担当者ABをかばう意識が働いたので報告しなかったのでしょう。 このような失敗や不具合の事実を隠蔽する体質は、残念ながら外国人船員に非常に多く見られます。報告することが最善であり、報告を受けた者が感謝の意を表し、結果的に船のためになるという雰囲気を日頃から作ることによって自分に不利な事実を隠してしまうという習慣・体質を一掃しなればいけません。
人間はミスを犯すこともあります。残念ながらミスを犯してトラブルが発生した場合、そこからどう適切にリカバーするかが大切です。トラブルの拡大を防止し、被害を最小限に食い止め、迅速に復旧することが求められるのです。トラブル発生時が同時にリカバーのスタート時点です。是非、皆さんも機会あるごとに外国人乗組員に、「迅速で適切な報告が重要であり、常に求められている。」ということを説明して理解してもらい、日本人の「潔しの精神」を見習うように伝えて欲しいものです。
報告しやすい雰囲気になるようにと努力しているつもりでも…
トラブルが発生しても上司に報告をしない例として、こんなこともありました。Pilot Ladderを格納するときに、ずり落ち防止用のStopper Pinを外さずにPilot Ladderを巻き上げて、Stopper Pinが曲がってしまい使用不可となりました。作業をしていた当事者はそのときの衝撃により絶対にその損傷に気づいたはずです。しかし、当事者はその事実をC/Oその他航海士の誰にも報告しませんでした。
後日、日本人航海士が入港準備作業時の見回り中、偶然に発見して初めてわかったのです。このような「報告せずに知らん振り」という態度に度々出くわすと、「苛立ち」と「がっかり」が混ざったやりきれない気持ちになります。一歩間違えればパイロットが乗下船で使用しているときにPilot Ladderが動き出し、人命に関わる事故に発展する可能性さえあるわけです。
日頃から自己の失敗、機器の故障や不具合の発見を報告しやすい雰囲気になるようにと努力しているつもりでも、なかなか育った環境、文化、価値観の異なる人達にとっては潔しとすることが簡単ではないのでしょう。また、外国人船員にとっては会社への帰属意識もかなり希薄で、短期間の雇用契約という立場もあって、積極的な報告を求めることは容易ではない難しい問題です。
ノートには記入するけれど、異常を報告してくれなかった
ある船でのことです。毎朝カーペンターはバラストタンクや清水タンクのサウンディングを行い、ノートに記録しています。ある日、航海士が飲料水タンクのレベルが1ヶ月近くもの間、ほとんど減っていないことに気がつきました。原因はバルブが漏れており、造水が飲料水タンクに少しずつ流入していたのです。カーペンターは毎日サウンディングを行っているのですから、何日間も飲料水が減っていないことを知っていたはずです。ノートには記入するけれど、それを報告しなかったのです。もし、それを異常とは感じなかったのなら論外です。もちろん航海士も毎日の変化量をチェックし、できる限り早く異常に気付かなければいけません。
乗組員の誰もが黙認して口を閉ざして報告してくれなかった
こんな話も聞いたことがあります。ある乗組員が港で突然、いなくなりました。いわゆる脱船です。船長をはじめ船や会社は事後処理に大変です。最悪、出港遅延になってしまい、船に多大な影響・損害が発生します。その事件が発生した後に乗組員へ事情聴取したところ、多くの乗組員は彼が脱船することを知っていたそうです。荷物もほとんど持たずに乗船しており、乗組員の誰かが事前に船長や主任者へ報告していれば、何らかの対応ができたでしょうが、乗組員の誰もが黙認して口を閉ざして報告しませんでした。彼らの立場になって考えれば、仲間を裏切ることはできないので報告しない、できないというのも当然かも知れません。
混乗船での永遠の課題
外国人船員の上位の立場にある日本人船員の彼らに対する考え方や接し方も様々です。彼らに好意的な気持ちで対等に接する人、彼らと辛抱強く我慢して向き合う人、彼らを理解して彼らのペースに合わせる人、彼らをあきらめて全く期待しない人、彼らを極端に突き放す人、彼らに対して攻撃的に厳しく接する人等々。
付き合い方は多種多様ですが、間違いなく言えることは、彼らと上手に付き合うためには、アメとムチをタイミング良くバランスを保って使い分けることです。言葉は悪いですが、アメとムチです。良いことをすれば多いに褒め称え、悪いことをすれば遠慮せず叱ることです。まさに信賞必罰です。外国人船員との付き合い方に正解はありません。混乗船で彼らと上手く仕事をすることは私達日本人船員の永遠の課題かも知れません。