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貴重な人生の切り売り、だからこそ・・・

船員にとっては非常に楽しみな『休暇』の話です。

船員の休暇制度は幾度もの改定により、目まぐるしく変化して現在に至っています。私の若い頃の休暇制度は今のように年間120日と一定の休日数ではなく、乗船日数が長くなればなるほどそれに比例して陸上休暇が長くなるという制度でした。長期乗船すれば長期休暇の権利を得るのです。しかも休暇買い上げ制度がないため、未消化休暇が翌年に持ち越されてどんどん溜まって行きました。私の場合、若い頃に最高で210日間ほど休暇が溜まったことがあります。

なんと7ヶ月間です。当時は3/Oが不足していたのでしょう。一度乗船すると10ヶ月乗船は当たり前、余程の理由がない限りなかなか下船させてくれません。また、本人にとっても長期乗船が苦にならないぐらい楽しい乗船生活でした。そのため3年間でたまりにたまって7ヶ月間です。しかし、その休暇もある時期に、会社都合によって6ヶ月間以上の連続休暇を取って、一挙に手持ちの休暇を消化してしまいました。

当時、私は新婚ホヤホヤの時期だったのでタイミング的にはすごく有り難かったのですが、6ヶ月もの長期休暇となると、いくら新婚でも生活がマンネリ化して刺激も少なくなり、休暇の後半になると遊ぶための軍資金も底を尽き、夫婦喧嘩が絶えなくなったという嫌な思い出もあります。近年の恒常的な船員(予備員)不足の時代では、考えられない長期休暇でした。しかし、最近は混乗化が進み、若手職員が乗船できる隻数が極端に減り、若手職員が長期休暇を余儀なくされることが多いと聞きます。

現在の休暇買い上げ制度により、若い航海士の皆さんは未消化休暇を単年度清算するため、年収ベースでは歳相応以上の十分過ぎるぐらいの給料を頂いているはずです。しかし、勘違いしないで下さい。それは自分の貴重な人生をお金に替えているのです。まさに「人生の切り売り」です。陸上にいれば自由に過ごし、充実した生活を送れるはずの貴重な時間を犠牲にして、その対価としてそれ相応の報酬を得ているのです。

それでも結構という人には何も言うことはありません。しかし、そうでない人は是非、船員という職業は家族と一緒に過ごす時間、あるいは自分の趣味や人生勉強に費やすべき時間をお金に替えているという事実を再認識して下さい。久し振りに再会した我が子に「ママ、このおじさん誰?」という顔をされるのが外航船員です。愛する我が子に「お父さん、いつ船に帰るの?」と当然のように聞かれるのが外航船員です。「人生は短い、退屈している暇はない!」という私の好きな言葉がありますが、皆さんも貴重な休暇を大切に過ごしてください。

船員の労働環境にも一つだけ、陸上に比べて圧倒的に優れた点があります。それは通勤時間の短さです。船では「通勤時間1分」です。階段を上がり下がりすれば職場に到着です。部屋の横のエレベーターに乗れば、職場に到着です。しかし、東京などで陸上勤務をしていると通勤時間は1時間を超えることも珍しくありません。往復で合計2時間も電車に乗って通勤しているのです。例えば22歳から60歳まで38年間会社に勤め、週休2日とすると、生涯で電車に乗っている時間は、(60‐22)年×(365-120)日×(5/7)×2時間=13,300時間=554日となり、なんと1年6ヶ月以上の時間を電車の中で過ごしていることになるのです。

一方、船の通勤が1分として同じように計算すると、(60‐22)年×365日×(3/4)×2分=20,805分=約14日となります。陸では1年半を電車で過ごさなければならないのに対し、船では14日間分、階段を上り下りするだけで済みます。このように見方を変えれば、船員生活もまんざらではないはずです。私が若くして東京で陸上勤務をしていた頃、混み合う通勤電車内でガムをくちゃくちゃと噛んでいたら、隣のサラリーマンに突然、「うるさい。やめろ!」と罵声を浴びせられたことがあります。そのときつくづく思いました。「ああ、東京は病んでいるなぁ、人が人でなくなる。早く船に帰りたい。」と・・・・・

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