知っているようで、意外と多くの航海士が知らない『救命艇用ウィンチのブレーキ機構』の話です。救命艇の降下、巻き揚げ用のウィンチに2種類のブレーキが付いているのを知っていますか?救命艇下のデッキ上の白い箱に2種類のブレーキが付いており、それぞれ目的が異なっています。それらの名称は「Disc Brake」と「Governor Brake」です。
最近は、専門業者による救命艇の定期点検整備(毎年実施)が義務付けられており、サービスエンジニアが訪船して開放点検整備を行います。その際、ウィンチの開放整備を実施している現場に立ち会い、内部構造をよく理解している航海士もいるはずです。なぜ、ブレーキが2種類あるのでしょうか?それぞれが重要な役割を果たすブレーキなので、その役割やメカニズムの概略は知っておく必要があります。
救命艇を降ろすときには、下写真の「Disc Brake」のレバーを持ち上げることにより、Disc状のBrakeが緩んで、救命艇は自重で降下していきます。車のタイヤのディスクブレーキと同じような仕組みで、ブレーキが効いている状態では、ブレーキパッドが円板を押さえつけて、その摩擦力で回転を止めています。そして、ブレーキパッドが円板から離れると回転し始めます。
それではもう一つのブレーキである上写真の「Governor Brake」は何の役割を果たしているのでしょうか?もし、「Governor Brake」がなければ、救命艇の数トンもある自重により、降下速度はどんどん加速され、海面付近に達するころには物凄い速度になっており、その衝撃で救命艇が損傷する可能性があることはもちろん、乗艇している乗組員にとっても非常に危険です。
そのため、救命艇がある一定以上の降下速度にならないよう制動の役目を果たしているのが、「Governor Brake」です。救命艇が降下し、ブレーキ軸が回転し始めるとその遠心力でGovernor Brakeが効き始めて、回転速度を抑制し、救命艇の降下速度をコントロールし、緩やかな速度を維持します。
Life Boat Winchに関するトラブルの代表的なものとして、内部に雨水が侵入し、「Disc Brake」や「Governor Brake」が錆び付き、ブレーキの効きが悪くなる、あるいは効かなくなるという不具合があります。
救命艇操練が終了し、救命艇を収めるとき、最後にブレーキハンドルを少し緩めてボートの位置を下げて、Davit Hornに救命艇のSuspension Blockがタッチするよう調整していますか?
これは航海士の常識として知っておくべきで、必ず救命艇格納時に行う作業です。理由は救命艇の荷重をBoat Fall(ワイヤー)かけたままにせず、Boat Davitにかけるようにするためです。これによりBoat Fallの劣化やダメージを防止し、Boat Fallを5年間安全に使用することができるのです。救命艇格納時には自らが確実にBoat Fallに荷重がかかったままになっていないかどうかも確認して下さい。