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過大な“かしぎ”は係船索切断を誘発し、非常に危険です

航海士にとって船体姿勢の維持は非常に重要な職務の一つです。意図的にせよ、偶発的にせよ船体姿勢が大きく崩れることは船体損傷、積荷損傷等の大事故につながる危険性があります。ここでは船体姿勢の一つの要素である『傾斜』の話を紹介します。

日本語の「傾斜」を和英辞典で引くと、「Inclination」「Slope」「Lean」「Slant」「List」「Heel」と沢山の言い方があります。その中で、船の傾斜の意味で使われている英語は「List(リスト)」と「Heel(ヒール)」です。日本語では「傾斜」「かしぎ」といいます。おそらく、陸上の一般の人にとっては「かしぎ」という言葉は馴染みが薄いのではないでしょうか。

皆さんは船の傾斜のことを英語で何と呼んでいるでしょうか?「Heel」と言えば、LNG船ではTank Cool Downのために使用するCoolant(LNG Cargoの一部を使用)を「Heel」と呼んでいます。ですから混乱を防ぐためには、船の傾きは「List」と呼んだ方が誤解を招かないので良いかも知れません。余談ですが、上写真のような船橋で使用されている傾斜計のことは英語でクリノメーター(Clinometer)と言いますが、LNG船の検量で使用する傾斜計のことは英語でインクリノメーター(Inclinometer)と言います。

『船の傾斜に関するトラブル』を一つ紹介します。どんな船でも積荷役作業中に適切な船体姿勢を維持するため、Ballastの排出によりList調整をするのが普通ですが、長時間List調整が実施されず、大きく船が傾くというトラブルがありました。Ballast排出中に、右へ傾斜している場合の修正方法は、当たり前のことですが、右側のBallast Tankからの排出量を増やします。逆に左に傾斜している場合は左側のBallast Tankからの排出量を増やします。

もちろん漲り込み中はその逆で、右へ傾斜している場合は左側のBallast Tankへの漲り込み量を増やし、左へ傾斜している場合は右側のBallast Tankへの漲り込み量を増やします。頭の中で考えると、左右のどちらか混乱してしまいますが、実際の操作者は何時間も操作パネルとにらめっこしていますから、体が自然と動き、上手に操作できるはずです。

それでは、なぜ過大な傾斜がついてしまったのでしょうか?過度の船体傾斜が非常に危険であるという認識が不足しているために、List変化への注意力が欠如したことが原因です。体に感じるほど船が傾いていても気にせずに漫然と当直していることが原因です。大きく船体が傾斜すると係留索のTensionが過度になって切断事故に至る可能性もあります。

また、各係留索のTensionがアンバランスとなり、船体移動を誘発する可能性もあります。そういった危険性をなくすために、常に船体傾斜を限りなくゼロにする努力が必要なのです。そのことを認識していれば、List調整は誰でも簡単にできる作業のはずです。ちなみに、多くの船が出港後には接岸していた舷の逆側に少し傾きます。係留中は係留索によって岸壁側に引っ張られて釣り合っていますが、全ラインがレッコーされると、どうしても逆舷に傾いてしまいます。場合によっては出港後にバラスト漲排水によるリスト調整が必要です。

最近、聞いた話では、揚荷役中にList調整するときに、甲板部員が何を勘違いしたのか漲水すべきバラストタンクと反対側のタンクに漲水したそうです。これではListがますます増加して危険です。バラスト調整ができない甲板部員をバラスト作業に配置するのは論外です。しかし、どんな甲板部員が作業を行おうとも、その技量の不足分やHuman Error発生をカバーするのが航海士の務めです。荷役全体の指揮者・責任者である航海士はどのような状況においても監督・指揮できる技量を有し、その職務において十分に発揮すべきです。

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