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見張りは周囲に船がいるに違いない、という前提で

衝突事故の原因の多くが航海当直者の見張り不足です。その『見張り業務』の話です。

昔、LNG船が漁船と衝突する事故が発生しました。事故現場は大洋の広い大海原です。当時は悪天候で海面に白波が無数に発生している状況でした。そのような海面状況では船体の白い漁船は波に紛れてしまい非常に識別し難いというのは私達航海士の常識です。

この衝突事故は太平洋の大時化の中で航海士と操舵手が航海当直中に雑談して、肝心の見張りを疎かにして、漁船の発見が遅れて衝突したものです。本来は漁船が視認し難い状況である時化のもとでは見張りを強化する必要があります。しかし、おそらくこのときの航海士はこの時化では漁船もいないだろうと油断していたに違いありません。「漁船は白い波間に隠れて、私達の航行を邪魔する。」ということを肝に銘じて見張りを続けましょう。

特にボンタン航路や豪州航路では、普段、他船と出会うことが少ない海域を航行しており、大洋航海中は周囲に他船がいないという前提で見張りをしているのではないかと疑いたくなります。これに対してペルシャ湾航路等はひっきりなしに他船と行き会うことが多く、他船が周囲にいるという前提で見張りをしているのではないでしょうか。この他船の存在に対する意識の差が、結果的に見張りに対する警戒心の強弱に影響しているのかも知れません。基本的には「他船が周囲にいるはず、見えていない漁船が近くにいるはず。」という前提で見張りをすべきであることは言うまでもありません。

過去他にもコンテナ船が香港沖で視界不良の中、18ノットの高速でドリフティングしているコンテナ船の横腹に衝突するという、とんでもない事故が発生しています。普通に考えればあり得ないことですが、実際に衝突事故は起こりました。テレビゲームができるぐらいの小学生でさえ、前方に泊まっている船ぐらい避けることができるはずです。なぜ前を見ないのでしょうか?なぜレーダーを見ないのでしょうか?なぜ泊まっている船を避けられないのでしょうか?視界不良でも最近の高性能レーダーなら最接近の1時間前から確実に大型船の映像を捕らえることができます。さらにAISからの情報も入手できます。残念ながら、当時の航海士は事務作業に夢中になり、全く前方に注意を払っていませんでした。

そこで思うのが、最近の船は船橋が事務所のようになってしまっているのではないかということです。パソコンによる航海計画作成、海図改補データ管理、必要書類・記録作成等々、おまけに無線室がなくなり、船橋後部で船長や航海士がE-mailによる通信業務を行っています。まさに船橋は事務室状態です。知らず知らずに船橋にいる航海士の意識が周囲へ向かわず、船橋内の事務作業へ向いているのかも知れません。

昔のように船橋は操船するところ、見張りを行うところという意識も実態も変化してしまっているのではないでしょうか?見張り強化対策として、極端な例かも知れませんが船橋でのパソコンを使用する業務を一切禁止する船もあるぐらいです。私はそこまでする必要はないと思います。航海当直中にどんな作業を禁止にしても、結局、最後は航海士の意識の持ち方です。しっかり見張りをして確実に他船を見つけて、適切に避けるという動作を地道に行うことに尽きます。

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