阪口泰弘
操舵目標灯
ある航海士が経験した話です。夜間航海中に船首真正面に漁船らしき灯りを発見しました。あわてて漁船を避けるために変針しました。しかし、いくらコースを変えても船首の灯りのベアリングに変化がありません。常に船首に明かりが見え続けています。当人は非常に焦ったはずです。実は、その正体は操舵目標灯だったのです。
何かの拍子に膝が操舵目標灯のスイッチに当たって、突然船首に灯りが付いて漁船と見間違えたのです。船首方向に見えた灯りは、どれだけ変針しても避けられるはずがありません。その航海士はパニックになって生きた心地がしなかったかも知れませんが、今となっては笑い話です。
操船感覚
あるパイロットが言っていましたが、「性格が緻密な人ほど操船が下手で、性格が大雑把な人ほど操船が上手である。」 この相関関係にどこまで信ぴょう性があるか知りませんが、確かに操船が細やか過ぎて、あるいは慎重過ぎて結果として操船が明らかに下手という人がいます。経験に基づいた将来予測とある程度大胆な決断が操船には必要です。緻密な計算・計画通りに操船ができることはほとんど不可能と言えます。その中で、どれだけ早く的確な修正・微調整を行いながら、勇気をもってメリハリの効いた操船で巨大な船を動かせるかどうかが、上手・下手として操船結果にあらわれるのではないでしょうか。
Manning Level
マンニングレベルという言葉を聞いたことがありますか?航海中に必要な船橋当直の要員数はその状況によって増減します。狭水道では見張り員の増員が行われます。長時間の手動操舵が必要なときは操舵員の増員が行われます。シンガポール等の船舶輻輳海域ではOfficerの増員も必要となります。船橋要員の増員が必要な度合いを「Manning Level」という言葉を使って表します。
One Kick
私達航海士が「キック」と言えば転舵した反対側に船体が押し出される現象のことを連想します。舷側から人が海中転落したときには、船尾のプロペラに巻き込まないように咄嗟に転落した側に転舵して、船尾を反対舷に振ります。私達が乗り組むような大型船ではどこまでこの「キック」が海中転落事故で通用するかは、はなはだ疑問ですが、一応知識として知っているはずです。
その「キック」とは別に主機使用時にも「Kick(キック)」という言葉を使います。着岸(着桟)操船で船が岸壁正横に並んだとき、前後方向に少し行き脚が残っている場合に、その行き脚を無くすためにほんの少しだけ主機を使うことを「キック」あるいは「ワンキック」と言います。例えば、微妙に前進速力が残っているときに「ワンキック」と言えば、Dead Slow Asternをかけて、回転計の針が上がりきる前にStopします。それぐらいほんのわずかな時間だけ主機を使うことを「キック」と言います。まさに「一蹴り」です。
反方位
投錨後にVHFでPort Controlへ自船位置を通報するときに、緯度・経度ではなく所定の物標からの方位・距離で報告することがあります。「本船の位置は〇〇灯台から方位245度、距離5.5マイルです。」と報告します。このときの方位は、もちろん顕著な物標からの方位であり、自船からの方位ではありません。ときどき、うっかり間違って、自船からの方位を報告することがあるので注意しましょう。航海中はCross Bearingで自船からの方位をいつも使用しているので、ついつい勘違いしてしまうことが多いのです。本船位置の方位は物標からの方位(反方位)です。