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操船と運用の実際:航行と停泊

安達 直安達 直

還暦を機に、櫓櫂舟から巨大船までを操ることに恵まれた海技者として、また、その海技力を礎にした船舶管理者として、海運が急成長した時代を生きて心に残った経験や持論を纏めておきたい。これが、島国に住みながら何故か海洋と船舶に心の底から馴染めないのか、それらを文化基盤と成し得ていない日本人への水先案内になればと思っている。海や船に関わっている人か否かを問わず、それらの素養として読んでもらいたい。

航行と停泊

船舶の運用状態は、陸との繋がりを解かれた「航行」と係船索や錨で陸に繋がった「停泊」に分けられるが、船舶は「航・泊」問わず船体浮力の恩恵を利用して大量輸送を効率的に果たしている。因って、その挙動を安全に制御するには、水に浮いた大重量/慣性の物体であるが故の難しさを伴う。船舶を航走させ停止する技術の総称が「操船術」であるとも言えよう。

それを銘記させるように海軍や商船関係の徽章には、羅針盤:コンパスと錨:アンカーのデザインが多用されている。針路を定めて航行して停泊する為の代表的な装備であり、艦船や船舶を運航する技術者のシンボルマークとするに相応しい。走らせるばかりでなく止めなければ操るとは言えない。如何なる物事に対しても臨機応変な様子を「如水」と言うが、水に浮かぶ船舶の挙動を読み先手を打たねばならない。PROACTIVE:進取感覚の的確な操船技術が必要となり、これが遅れると事故に繋がる。自船の微小な動きを鋭く感知できて迅速に処理する技能を習得しておかねばならない。更に、人命と財産の管理者としての強い責任感と精神力を備えるべきである。くれぐれも、咄嗟のFull AsternやHard Starboard/Portは取りたくない。

日本帝国海軍の運用術教範

日本帝国海軍の運用術教範には次の冒頭文が記されていたらしいが、この通りに鍛えられておれば当時の操船技量は実務・精神的に凄い完成度に達していた筈だ。
『転瞬の間、微妙なる精神の霊動は、運用の妙を尽して、百錬の技術能く無窮の威力を発揮する』
更に、保安上留意すべき要綱として

  1. 衝突予防の第一義は厳密なる見張りを為すにあり。
  2. 険悪なる天候に打ち勝つべき方法は、常に十二分の予防を為すにあり。
  3. 水路の安全に関しては、頼むべきは図誌なりと雖も、実際の過失は、多く図誌の盲信に由来す。而して、又自己の所信を動揺するときは、是宜しく止まるべき時期とする。

また、「操船にあたって、正確な見越しをたてるためには、現状の確知と状況の変化に対応する機敏性を必要とし、状況判断は学理的観察と経験をもとにした反省の積み重ねによるもので、現状の微細な瞬間的変異に絶えず注意を怠らず、船舶に多少の事故があっても直ちに危険に陥るような余裕の無い運用は禁物である。常に自己の技量と船の性能を把握し、その範囲内で堅実な操船をなし、決して慢心に陥らないよう心掛けるべきである。」と述べている。

次回からは・・・

操船者は理論に沿って安全に操船するのが常套であり、船舶挙動と外力等の情報を得ながら操縦性能を駆使して適切に制御できねばならない。未だ、操船の自動化には限界があり、高度な操縦は練達者の技に頼っており、刻々と入る情報を自らの目安に依って処理し理論に適った操船を具現している。私も船種毎に理論と実践から得た目安を以って操船していたので、次回から操船性能が特徴的なVLCCとPCCでの例を挙げてみる。

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