船上で発生した『盗難事件』の話です。
世界中の船舶がISPS Codeを遵守することにより船上Securityが厳しくなり、船上の盗難が減っているかもしれません。しかし、昔は相当数の盗難事件が船上で発生していました。今でこそ関係者以外の岸壁・本船への立ち入りが著しく制限されているため、不審人物が船に侵入する可能性は少なくなりましたが、昔のSecurityがそれほど厳しくない頃は、公共岸壁に停泊している船にはどんな人物が乗船してくるかわかりませんでした。言い換えれば、どんな人物でも許可なく気軽に乗船できました。実際に見ず知らずの船用品業者が御用聞きのように本船に勝手に乗船してきたものです。
PCCに乗船して、スペインのラスパルマスへ入港したときのことです。着岸後、まだ乗組員がスタンバイ作業を終えていない頃に若い2人組の男が散髪屋と称して乗船し、居住区をうろちょろし始めました。彼らは適当に各部屋をノックしてまわり、誰かがいると「散髪屋です。散髪しませんか?」と言い訳するのです。そして誰もいないことがわかれば、部屋の中を物色し、金品を盗んでいくという手口です。当時、日本人乗組員は入港中に部屋の鍵をかけなかった人が多かったようです。結局、そのPCCで乗組員3人が盗難の被害に遭いました。盗まれてからでは後の祭り、自衛のために入港中は必ず自室の鍵をかけることが盗難予防の鉄則です。そして、何よりも不審人物、身元不明の人物を乗船させないことです。
こんな経験もあります。バラ積船でロングビーチの岸壁に停泊しているときです。突然、若い女性が数名乗船してきました。そして彼女達は各居室のドアをノックしてまわるのです。鍵をかけていない部屋で誰もいないことがわかれば、金品を物色して金目のものを盗んでいきます。ある定年退職前の機関長さんは定年の記念としてたくさんのお土産を買うために用意した何十万円もの現金を自室の机の引き出しに入れていました。それをまんまとその外人女性に盗まれてしまいました。せっかくの退職記念の思い出が台無しです。
最近の事情を詳しく知りませんが、昔はパナマ運河、スエズ運河でもよく盗難の被害に遭いました。彼らは船内の備品であろうが、食料であろうが、手に持てるもの、カバンに入るものは根こそぎ持っていくというスタイルです。ロッカー内の鏡や消火栓の蓋まで盗まれたことがあります。実効のある盗難防止策は彼らを無闇に居住区内へ立ち入らせないことです。彼らを居住区内に入れるということは、居住区内の目に届かないところに置いているものが盗まれることを覚悟すべきです。
最後に、鍵の話を一つ。若い頃乗船したバラ積船が売船となりました。日本のドックで買い手に引き渡すことになるのですが、その準備作業の一つとしてキーリストを作成した覚えがあります。キーリストは意外に重要です。アパートでも引っ越すときには責任を持って鍵を返却する必要があります。古い船になると、たくさんの鍵が紛失しています。また、スペアー鍵をたくさん作っている鍵もあります。従ってオリジナルのキーリストと合致しないため、船内の鍵を全部集めて、数え直して最新のキーリストを作成しました。また、どの船にもマスターキーがあり、ほとんどの居住区の部屋をこのマスターキーで開けることができるので、厳重に保管しています。通常は船機長、主任者クラスが所持していますが、Security上、誰がマスターキーを所持しているかを明確にしておく必要があります。また、ときどきマスターキーと言えども、一部開けることができないロッカーもあります。鍵を交換したためにマスターキーが合わないようになっているからです。