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「レーダばかり見ていないで前を見ろ!」の真相

よくある「キャプテン」と「新人」の会話

キャプテンと新人航海士である4/Oが二人で航海当直に立っている場面を想像してみて下さい。(操船をしている)キャプテン「4/O、あの船、どう?」、(レーダを見ている) 4/O「・・・」。キャプテンの指している船がレーダ画面上で分からず、問いかけにあたふたするというのは誰もが1度は経験していることでしょう。一般的に、経験を積むにつれて「レーダの画面表示から得られる情報」と「実際に目で見ることで得られる情報」とを頭の中で一致させる「術」が身につき、前述のシーンは少なくなると考えられます。今回は、その「術」を切り口に、「レーダばかり見ていないで前を見ろ!」の真相を科学的に見てみたいと思います。

新人航海士がレーダ画面だけを見て操船すると・・・

「レーダばかり見ているからだ!」と言われ、「なぜレーダばかりではダメなのか」と疑問に思っている新人航海士もいるのではないでしょうか。レーダは安全運航を達成するための1つのツールで、使わない手はありません。しかし、経験が浅い航海士がレーダ画面だけで避航判断する場合、前だけを見て操船する場合と比較して、他船を「早め」に「大幅」に避けてしまうことが実験から明らかになっています[1]。つまり、経験が浅い航海士とベテラン船長とが一緒に船橋で操船する場合、航海士がレーダばかり見てしまうと、実際に操船権を持っている船長が取る行動とは違う行動を航海士がしてしまう可能性があるのです。「レーダばかり見ていないで前を見ろ!」という激励は、新人航海士がレーダばかり見ていると、どういった行動を取ってしまうのかを経験的に知っているからこそできるアドバイスなのかもしれません。

ベテランでも、レーダに惑わされる

ところが、経験を十分に積んだ場合でも、レーダ画面に惑わされている可能性があることを示す研究があります[2]。この研究では、レーダ画面だけで周囲の船舶の状況を把握した場合と、目視で外を見るだけの場合のそれとでは、周囲の船舶の状況把握に違いが生じることを示しています。その根拠となった実験では、経験年数が1年から35年の22人を2つのグループに分け、1グループ (平均経験年数:15.7年) は外だけを見て、もう一方のグループ (平均経験年数:10.3年) はレーダだけを見て、同じ交通流での操船判断とその時の操船者の「他船の感じ方」を調査しました。その結果、避航行動(避航針路と避航時期)には両者の違いはありませんでしたが、避航判断時に考慮した船は異なることが明らかになりました。このことは、「レーダ画面上の船」と「実際に目で見る船」とを見比べられない環境に人が置かれると、十分に経験を積んだ者でも周囲の状況把握に差が生じ得ることを示しています。「操船判断時に人がどう感じていたか」という感情分析は大変難しく、更なる検証が待たれますが、この研究が示すように、仮にベテランであっても、レーダ画面だけを見ている場合には、前を見て操船している船長とコミュニケーションを取る際には、その前提となる「周囲の状況の認識」が船長と航海士で異なったものになる可能性が高いと考えられます。したがって、「レーダばかり見ていないで前を見ろ!」の真相を科学的に見ると、レーダばかりを見ていることが問題なのではなく、レーダで把握した情報と目視で把握した情報とを一致させる術を活用できているかが問題だと言えます。

これからの遠隔操船でも

上述は、最近話題の遠隔操縦船にも関連する話題です。これまでの一般商船の運航形態では、極端な視界制限状態を除いて、必ずレーダと目視の両方を活用し、かつ、2つの情報を組み合わせて総合的に判断した結果、安全運航が達成されているはずです。ところが、陸上からの遠隔操縦の場合には、陸側のオペレータが、レーダ画面や船上のカメラ映像を用いて避航判断を行うことが想定されています。

もし、人間の特性として、レーダ画面を見る場合と実際に他船を目で見る場合とで状況の感じ方が違うとすれば、仮にベテランの航海士が陸上で遠隔操船を担当しても、船側と陸側とで注目している船が異なるというケースが懸念されます。ただし、これはあくまで仮説であり、種々の条件下で人間の特性がどう発揮されるのか、現在も研究が継続されています。

参考文献

[1] 海上交通における情報源の違いによる衝突回避判断に関する検討, 加藤由季, 渕真輝, 久保野雅敬, 藤井迪生, 小西宗, 藤本昌志, 廣野康平, 人間工学 53(6), 205-213 2017年12月
[2] 目視と計器による情報が避航判断に及ぼす影響について, 加藤 由季, 渕 真輝, 藤井 迪生, 久保野 雅敬, 日本航海学会論文集136, 50-56, 2017年7月

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