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船乗りは何が違うの?遠隔操縦に不可欠な判断と情報

はじめに

これまで「運転」と言えば、乗り物に搭乗して行うことが一般的でした。しかし、最近は、乗り物の外から運転する遠隔操作も可能な時代へと変化しており、新しい技術の有効的な活用が期待されています。

すでに実用化されている災害用の遠隔操作ロボットでは、搭乗操作に比べ作業効率が低くなる問題があり、その要因は遠近感や立体感という視覚の問題が最も大きいと指摘されています[1]。操縦において「遠近感」がないと周囲との距離が、さらに「立体感」がないと走行する場所の凹凸や障害物の凹凸が十分把握できません。この問題を受け、搭載カメラの映像に加えて、遠隔操作ロボットを上空から眺めた仮想的な俯瞰映像(「レーダ」の自船および周辺他船を真上から俯瞰するような視点の映像)を生成して操作補助に用いるシステムが提案されています[2]。このシステムは、相対的な位置関係の把握に役立ちます。しかし一方、俯瞰映像は、搭乗者が周囲を見渡す視点(一人称視点)での映像よりも凹凸の把握が難しいと思われます。また、複数の画面確認は、操縦者の作業負荷になります。作業効率を向上させるには、より一層のわかりやすくシンプルな画面開発が望まれます。これは、画面に表示された情報を頼りに行う遠隔操縦において共通の課題となるでしょう。

そこで、今回は、遠隔操縦を語る上で不可欠な「人の判断」と「情報」の関係を研究論文からご紹介します。

陸上では非常に特殊?レーダでの認知

普段、海上で他船を避航する際、レーダを用いて情報を確認されることは多いと思いますが、一方で、車の運転中に対向車や障害物の位置、速力等の情報を得ることはまずありません。

ご存知のように、レーダ画面は、自船および周辺他船を真上から俯瞰する視点(三人称視点)の「レーダ映像部」と、他船の定量情報を表示する「数値情報部」から成ります。これとよく似た三人称視点の情報媒体としては地図があり、陸上交通の経路案内などにしばしば用いられています。しかしながら地図は、他者(道路や建物など)が動かない静的な環境の経路探索が主目的であり、動的な障害物(歩行者や他の車など)を避けるために利用されることはほとんどありません。

すなわち、現段階では、通常の陸上交通において障害物を回避する際、三人称視点の情報や定量的な数値データを用いることは、非常にまれなことと言え、多くの人はこのような情報の理解に慣れていないと考えられます。海上交通での「目視」によって発見した他船の情報を「レーダ」によって補完するという行為には、特殊な技能が必要なのかもしれません。

目視の判断とレーダの判断

この考えは、次にご紹介する2つの研究で報告された操船シミュレータ実験の結果を比較することで、その一端を確認することができます。1つ目は船を操縦したことが“ない人”を対象[3]に、2つ目は操縦したことが“ある人”を対象[4]にして行われたものです(ここでいう、船を操縦したことが“ない人”とは、筆記試験は合格しており海事知識を有するが、海技免許は有さず、海上でレーダを使用し自身の判断で操船したことがない人を指します。船を操縦したことが“ある人”とは、海技免許を有し、海上での操船にレーダを使用したことがある人を指します。)。この2つの研究の実験設定は同一であり、具体的には、複数の衝突リスクがある複雑な交通状況を「目視」で外を見るだけで周囲の船舶の状況を把握して行った避航判断と、「レーダ」画面だけでそれを行った避航判断とを比較する実験がされました。

1つ目の船を操縦したことが“ない人”の研究では、「目視」と「レーダ」に有意な差が認められ、「レーダ」の方が早く大きく変針する傾向が示されました[3]。一方、2つ目の船を操縦したことが“ある人”の研究では、これらの間に有意な差は認められないことが示されました[4]。この2つを見比べると、“ある人”にはできても、海上でレーダを使用し自身の判断で操船したことが“ない人”が「目視」と「レーダ」をリンクさせることは難しいことだと読み取れます。ここから、三人称視点の情報や定量的な数値データを現実の世界とリンクさせるには、特殊な認知メカニズムの習得が必要と示唆されます。これを陸上生活で自然に習得することは難しいが、船乗りは習得している、もしくは、すると考えられ、船乗りの特殊な技能を解き明かすことは、遠隔操縦に重要な知見をもたらすと思われます。

状況認識の違いによる危険を明らかにするために

船であろうと、車であろうと、完全な自律運航システムや自動運転システムを直ちに全てに実装することは現実的ではありません。昨今、話題となっているこのようなシステムが実用化された後は、従来通り運転者により直接操縦されるもの、遠隔操縦システムを通してオペレータにより操縦されるもの、あるいは、通常時は自律航行し遠隔監視されるもの等が混在すると思われます。安全が担保されるためには、各々の状況認識や判断が共通でなければならず、さもなければ、その乖離を補填補填する方法が必要になります。

第一章「はじめに」で述べたような三人称視点の映像を使っての操縦は、立体感が無いという問題を含め、前章「目視の判断とレーダの判断」で述べたような情報の違いが人の認知に及ぼす影響の可能性が示唆されます。今後、人命に関わる作業を遠隔地から行う現場で、このような技術を用いるには、人の認知と情報に関して更なる研究が必要と感じます。現在、私たちは、有人操縦船や遠隔操縦船が混在した交通で起こり得る状況認識の乖離の補填に役立てるため、「レーダ」と「目視」の持つ特性を分解し、それぞれ毎の要因における判断の違いを、一つ一つ明らかにする研究を進めています。

おわりに

今回は、人の判断と情報の関係についての研究の一部をご紹介しました。今回の記事のご意見やコメントもお寄せいただければ幸いです。最後になりましたが、筆者に助言を頂いた神戸大学大学院の堀口知也教授に深く感謝申し上げます。

参考文献

[1] 遠隔操作におけるマンマシンインターフェイスに関する実態調査, 山口崇, 吉田正, 石松豊, 土木学会第59回年次学術講演会概要集, 59 373-374, 2017
[2] 無人化施工用俯瞰映像提示システムの開発, 佐藤 貴亮, 藤井 浩光, Alessandro Moro, 杉本 和也, 野末 晃, 三村 洋一, 小幡 克実, 山下 淳, 淺間 一, 日本機械学会論文集 81(823), 2015
[3] 海上交通における情報源の違いによる衝突回避判断に関する検討, 加藤由季, 渕 真輝, 久保野 雅敬, 藤井 迪生, 小西 宗, 藤本 昌志, 廣野 康平, 人間工学 53(6) 205-213, 2017
[4] 目視と計器による情報が避航判断に及ぼす影響について, 加藤 由季, 渕 真輝, 藤井 迪生, 久保野 雅敬, 日本航海学会論文集 136 50-56, 2017

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