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入港時、船長に何を報告すべきか?:船長と若手航海士の視点の違い

藤井 迪生藤井 迪生

こんにちは、藤井迪生です。
今回は、着桟操船中はどこの地点までの距離を必要としているのかを紹介します。「入港時、船長に何を報告すべきか?」と悩んでおられる若手航海士の方は参考にしていただければと思います。

船員の技術をデータを使って説明する

私は、現場で肩振りや以心伝心?で伝えられてきた船員の技能を一つ一つ、数値データから明らかにして、それをもとに教育プログラムを組み立てようとしています。数値化された船員の技能に関する研究は、このサイトの研究室で複数回ご紹介していますが、今回は、著者らが2017年に発表した論文をもとに、着桟操船時の着目している地点を職別のデータを使って違いを見ていきます。

結論から先に・・・

今回は少し長くなりそうなので、まずは結論から↓
これからご紹介する研究結果 1)では
船長や一等航海士は広範囲に多くの情報を収集しており、
逆に、二等航海士・三等航海士は近場の物標を気にしている
ということがデータから浮かび上がってきました。

ん?広範囲に多くの情報を収集するなんて当たり前じゃん!と思った方もおられるのではないでしょうか。そうなのです。当たり前と言えば当たり前なのです。でも、当たり前のことを地道に毎日続けて安全運航を担保するのと同じく、当たり前のことを地道に証明していく作業ができなければ、経験に頼らない合理的な教育プログラムは作成できないと考えています。

経験をもとにした教育プログラムは先輩方の過去の事故や失敗も含んでおり、その有用性は全く疑っていません。今は、そのやり方が最も合理的で効率的だと思います。一方で、経験則は、これまで経験していない事には弱いのも事実です。

AIを始めとする最新技術の進歩やそのスピードは目を見張るものがありますが、今後、これまで誰も経験したことのない船舶運航の方法が現実化したとき、未来の船員は何をやるべきで、何を機械に任せるべきなのかを根拠をもって決めるには、船員が当たり前にやってきたことを証明したデータです。そのデータが、未来の船乗りの職場環境が少しでも良くなることに繋がるのだと信じています。

今回紹介する論文の内容

さて、今回ご紹介する論文 1)はその根拠となるデータをどのように集めるのかを検討したものです。データ!データ!と言っても、実際にデータを集め、そして解析できる形に変換するのは簡単ではなく、その効率的な収集方法を検討したのがこの論文の主旨です。収集手法の詳細については論文を読んでいただくとして、ここでは研究途中で見えてきた船員の技能について少しご紹介します。

研究では、ある桟橋に5,000DWTの内航タンカーが満載状態で入港する模様を操船シミュレータを使って観察してもらい、図1中のAからHの地点までの距離情報を、どのタイミングで、どの程度必要とするのかを抽出することを試みました。操船局面は下図1で示すように「場面1」から「場面3」の3段階に分割し、”3”が着桟橋に最も接近した状態として、解析を行いました。

図1 航跡と測定地点

上位職ほど広範囲に多くの項目の情報収集をしている

下図2は、着桟橋までの距離情報の必要度が、バースに接近するにつれてどのように変化するのかを表したものです。「必要度合い」は”4”が「どちらでもない」を示し、”4”より大きいほど「必要」、”4”より小さいほど「必要としていない」ことを示しています。

グラフから、着桟橋までの距離情報の「必要度合い」は、どの職位もバースに接近するにつれて高まっています。更に踏み込んでみると、船長や一等航海士はどの地点でも「必要度合い」が”4”よりも大きくなっており、どの場面でも着桟橋までの距離を気にしています。一方、二等航海士・三等航海士では着桟橋に接近する場面”2”以降から距離を気にしていることが見て取れます。

図2 着桟橋付近の距離情報の必要度の変化

また、下図3は距離を必要とした度合いが”4”以上、つまり距離情報を必要としていた地点数を、職位別に集計し、対象人数で除した平均値を表したものです。上位職ほど、距離情報を必要とする地点数が多く、自船の位置及び状況を、より客観的に把握しようとしていることが分かります。

さらに、このデータに統計解析の結果を組み合わせると、図1で示す操船局面では、

  • 船長や一等航海士は広範囲に多くの情報を収集しており、
  • 逆に、二等航海士・三等航海士は近場の物標を気にしている

ということがデータから浮かび上がってきました。

図3 距離を必要とした地点数(職位別)

おわりに

今回ご紹介した研究は、船員技能を数値化する際の効率的なデータ収集方法を検討したのが本来の主旨で、これらの結果はいわば副産物です。したがって、例えば、風潮流の影響や他船の存在の有無が何らかの影響を与える可能性があり、データの切り口に十分配慮する必要はあります。

しかし、「入港時、船長に何を報告すべきか?」と悩んでおられる若手航海士の方には少しは参考になるかと思い、ご紹介させていただきました。また、本研究は内航船に乗り組む船員を対象に収集したデータであることも申し添えます。少しでもお役に立てば光栄です。皆さんのご意見もお待ちしております。

UW!

参考文献

1) 藤井迪生, 淺木健司, 加藤由季, 山本一誠, 久保野雅敬, 岸和宏, 教育・訓練プログラム改善のための船員技能抽出に関する一考察 -内航タンカーにおける着桟操船時の着眼点の調査-, 海技教育機構研究報告第60号, 2017年3月

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