本題の前に、少し船の歴史を振り返ってみたい。
15世紀、海と風を利用した大航海時代が始まり、新大陸の発見や航路の開発によって地球規模の交易が始まった。その後、大洋航海に適した大型帆船(はんせん)が発達し、19世紀の産業革命で石炭焚き蒸気船の出現までは、帆船が海上輸送の主役に君臨していた。
帆船時代は目的地に到達できる順風・順流に任せた航海であり、日本周辺では冬の北西風を避泊で凌ぎ、春に出帆していた。また、中東では冬季の北東季節風で東アフリカに往き、夏季の南西季節風で帰還していた。「順風満帆」の言葉通りである。
大洋の航路選定でも、順風=追風での航行を要件とし、極力、波浪も海流も順流となる海域を探索し検討した。例えば、北太平洋の東航は北緯40〜50度付近の偏西風帯、西航は北緯10〜20度付近の貿易風帯を利用し、海流も順流を得た。
このように、太平洋、大西洋、インド洋の大洋には、風係と海流を勘案した最適航路があり、現代の汽船でも配慮している。帆船航海の基本は自然環境への順応であって、汽船が主流の現代でも航海士の素養を得るのに役立ち、船員の実習訓練に活用されている。
環境対策でも帆走が見直されている昨今、改めて、以下『風と共に走る=風力利用の航海』の方策をまとめてみたい。
地球を覆う大気の高圧部から低圧部へ空気が流れる現象が風であり、風係:Wind Systemとて次のように分類できる。
- 貿易風、偏西風、季節風等:地球上の広範囲な気圧傾度や地球自転によるもので、恒常的に長期間、安定して吹く。
- 台風、低気圧、高気圧等:地域的な範囲の気圧傾度によるもので、変動的。気圧配置に応じて変化して吹く。
- オロシ、ヤマセ、ダシ、竜巻等:局地的な気圧変化によるもので、突発的。短時間で変化して吹く。
船長、航海士は、地上天気図や高層天気図等で台風、低気圧、高気圧等の移動を察知し、自船との相対位置により風向・風速を予測している。具体的には、本船の気圧計を注視しながら、次の法則等を考慮して風を読み、本船の安全な針路を決めているが、特に自船と接近する台風や低気圧を避航する場合には、下記の2つの法則は的確な意思決定に役立つ。
『北半球では、風を背にして立つと、左前方に低気圧中心があり、南半球では逆で、右前方にある』
風は高圧部から低圧部へ吹き込みながら地球自転の影響で偏向する現象を表現した有名な法則である。
北半球を航海する大型帆船では船長が右舷後部甲板に立ち、右舷後方から左舷前方の低気圧に吹き込む風を順風とすべく、針路を静定し、展帆(てんぱん)を指令する。余談だが、東方へ航海中の大型帆船では、右舷後方で南西風雨を背にして展帆を見上げる。そのため船員の帽子はサウウエスター(Sou-Wester)と呼ばれた。(一方、西方への航海では北東の貿易風を右後方から受けるが、温暖で安定した風に帽子は多用されなかったのか、ノウイースター(Nou-Easter)とは名付けられず?)
『北半球の航海では、自船の右後方から風を受けて航走すれば、低気圧中心から離脱できる』との法則。(下記、避航模式図中③ ④)
反対に、左後方から風を受ける針路で航走すれば、低気圧中心へ進入するので極めて危険となる。(下記、避航模式図中⑤、⑥)
風向予測は『等高線の接線よりも低圧側へ約30度で吹き込む』との理論を考慮する。また、風力予測は『経緯度10度区域内での気圧4hPa毎の等高線数を同域の風力階級』との目安を参考とする。
例えば、本州付近の海域、北緯20~30度・東経130~140度の範囲(鹿児島県~青森県、長崎県~千葉県の範囲)に、天気図の等高線の数が5本在れば、この海域では、風力5≒風速10m/sを見込む。非理論的だが、経験上当たらずも遠からずだった。
予定針路の大幅な変更を余儀なくされる台風や急発達中の温帯低気圧は、その中心へ吹き込む『風の渦巻』として移動する。
台風は、フィリピン東方海域で発生する熱帯低気圧が発達したもので、北上しながら北緯30度辺りで偏西風により転向して北東へ進む。その後、北太平洋にて温帯低気圧化するのが一般的であり、日本へ近づく船舶にと って発達中低気圧と共に厄介物となる。超大型台風の強風圏(風速15m/s以上)は本州を覆う程の広範囲にも及ぶので、前広に、極力、逆風浪の海域を避航する。
台風
孤立して発達した低気圧であり前線を伴わず高気圧や偏西風の影響で進路や速度を変えるが、早期に進路と勢力が気象観測で予報され、付近航行中の船舶は比較的容易に台風避航計画が立案できる。
台風進行方向の右半円側の風速は、台風進行速度が加わるので左半円側よりも大きくなるため、右半円=危険半円と呼ばれる。
台風中心に接近するほど急激に気圧が下降して風速も急増、風向が急変するので、台風への突入は必ず避けるべきである。特に、下図解の通り、台風と本船の針路が交差、或いは行き会う際の避航方法には困難と危険を伴う場合があるので、北半球(左旋回渦巻)の台風を避航するには、前項のボイスバロットの法則とR-R法則を活用し、順風浪での航行を心掛けるのが良い。具体的には、台風の進行方向の前面を横切りる場合には、台風方位が自船の後方へ変移している事を上述の法則により確認する。
温帯低気圧
高気圧帯と低気圧帯の境界で発生し前線を伴い北東方向へ進む。その中心付近では気圧傾度が周辺より緩慢となり風力が低下する場合もあって、中心付近を突破する航行計画も選択できるが、急激に気圧低下(24時間以内に24hPa以上低下)する爆弾低気圧も有り得るので要注意である。
台風を航過する場合、台風を右舷・左舷のどちらに観るか、台風進路と勢力予測を勘案し、合理的で安全な針路を決定する。
前者の航過は、風浪に逆航状態となるので、極力、台風との距離を 大きく隔てるのが無難である。後者の航過は、風浪に順航状態となるので、効率的であるが、接近中の予測を正確にして、危険ならば中止を決断すべきである。
※上図は、台風避航の典型例であるが、台風との如何なる相対関係にあっても接近中の強風と高波浪に逆行せずに避航する事を念頭に置く。
【風向が確実に左転】と【気圧が下降から反転上昇】 この2条件を連続監視しながら航行すべきである。(上記、模式図-① ①’)
自船の左に観る台風の方位が確実に左へ変位している、即ち、風向が左転するならば、台風前面の順風浪海域を航過可能だが、もし【風向が右転或いは不変】で【気圧降下大】であれば、この航過方法を中断し、左転回避すべきである。(左転回避:上記、模式図-②)
台風進行方向の右半円側には激しい風浪を随伴し、そこの反航は至難である。早めに大きく左へ避航する。(上記、模式図-② ②’)
また、台風を航過した後も、その後方海域は風浪混沌の三角波も出現する荒天域となっており、大きく迂回して原針路へ復帰する。