通常のオペレーションでは考えられないPCC船の復原力喪失による横転事故の話です。
アリューシャン列島南方の海上を航行中の自動車船が、船体を左に大きく傾け航行不能に陥りました。原因は本船のバラスト水の漲り替え作業中に、船底部にあるバラストタンクの海水を誤って排出し過ぎたためです。完全なヒューマンエラーです。USCGの協力の下、乗組員の救出、船体の立て直しと曳航作業を実施した結果、傾斜した船体をほぼ立て直すことが出来ました。
参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/クーガー・エース
また、不幸中の幸いですが、この事故による海洋油濁は発生しませんでした。この事故は、一航士が復原性の認識を欠いてバラスト水を過剰に排出したことにあります。おそらくこのときの一航士はいつもと異なるオペレーションでバラストを排出することに何のためらいも不安も感じずに、バラスト作業を進めたのでしょう。船長もG0Mの問題を一航士に指摘しながら、計画の修正を指導しなかった監督不行き届き、指導力不足が問われました。また、マニュアルに基づいた作業が行われておらず、船長の承認も得ていなかったというISMシステムの不適切な運用も問題となりました。「まさか、誰もそんなことをするはずがない。」ということを人間はやってしまうこともあるのです。
後日談ですが、バンカー代が高騰する中、当該船はシンガポールや日本に寄港した際に補油せずに米国の安価なバンカーを捕油することを計画し、太平洋を渡るときには燃料タンクがほとんど空の状態で、G0Mが極端に小さくなっていました。もし、太平洋を渡る前に十分な量の燃料を補給していれば、今回の事故は発生しなかったかも知れません。また、自動車船では通常はバラスト水はパーマネントで漲替えの必要はありませんが、この船はドック出しのため、シンガポールで漲水したバラスト水を漲り替える必要があり、不慣れな作業をせざるを得ない状況となったのです。やはりいつもと異なる作業を行うときが要注意です。
さらに、この船のバラスト装置は非常に古く、バラストコンソールを装備しておらず、機関士がバラスト関係のバルブを操作していました。つまり責任者である一等航海士がバラスト作業全体を監督することが非常に難いシステムです。
また、この船の所属会社はシンガポールにあり、船長はミャンマー人、一等航海士はシンガポール人でした。ある意味で職位と力関係が逆転していたのかも知れません。両者共に十分な経験はありましたが、お互いの信頼関係が乏しく、人間関係があまり、上手くいっていないのでしょう。このように事故の起こる背景には、遠因となる要素がたくさん潜んでいます。それらを一つずつ確実に排除しなければ、事故は防げません。
ポイントを整理すると、以下の4点が今回の事故防止に必要な対策です。
- バラスティングという基本的な船務に対する安全知識を有すること。
→ 教育により乗組員が必要な知識や技能を習得。 - 船長は部下に対して適切な監督・指導を行うこと。
→ 常に船長が最終チェック。上司と部下の円滑なコミュニケーションの維持。 - バラスト・マネージメント・プランを適切に運用すること。
→ 危険な行為、潜在する不安全状態を明確に記載したプランを準備。 - バラスト水漲り替え作業の負担・リスクを軽減する設備を備えること。
→ ハードウェアの充実・強化によるヒューマンエラーの防止。