最近、私は乗船するたびに若い航海士に尋ねるいくつかの質問があります。若い航海士の技量や知識力を試すためではありません。若い航海士に「船の装置の構造や仕組みについて知っているようでも意外と知らないことが、まだまだたくさんあるのだ。」ということを認識してもらい、少しでも船の装置や作業環境に好奇心や興味を持ってもらいたいという思いから質問するのです。その質問の一つがポンプの回転方向についてです。
簡単なカーゴポンプ(遠心力ポンプ / Centrifugal Pump)のインペラー(羽根車 / Impeller)の絵を描いて、「このポンプのインペラーは左右どちらの方向へ回転するか?」と若い航海士に尋ねます。すると若い航海士は「そんな質問は初めてです。」「インペラーって何ですか?」と言いたげな顔をしてあれこれ考えて、私の質問に答えます。「右回転、いや左回転かな?」と自信なさげです。
今まで30人以上の日本人または外国人の航海士に尋ねましたが、残念ながらほとんどの航海士が正しい回転方向を知りません。正解率は約20%です。正しく理解している人は5人に1人で、知らない人の方が圧倒的に多いということです。ということは普段、何気なく使っているポンプの原理・構造を知らないということになります。皆さんはどうでしょうか?ポンプの回転方向を含めてポンプの構造や原理を理解していますか?
多くの人が上の図を見ると、インペラーで液体をかき集める方向、つまり左回転すると答えます。しかし正解は右回転です。液体に働く遠心力を利用するのですから、ポンプケーシングやインペラーの形状を良くみて考えれば判るはずです。厳密に言うと物理学の世界では遠心力という力は存在しないそうです。興味ある人は自分で調べてみてください。
液体を中心部から吸い込んで、外側へ押し出すのだから・・・、液体を中心方向へかき集める左回りではなく、遠心力で液体を外側に弾き飛ばす右回りで・・・と言う風に説明します。若手航海士にとっては荷役制御室(CCR / COC)でスイッチを押せばポンプが動いて、タンクレベルが増加または減少して荷役作業ができるのだから、ポンプの構造など関係なし、興味なしといったところでしょうか。
しかし、航海士が機械や道具の構造・原理を理解しておくことが必要なことは言うまでもありません。物事や現象の本質を知っているのと知らないのとでは、通常のルーティーンのオペレーションではそれほど差が見られないかも知れませんが、計画が突然変更となった場合や、トラブルが発生したときには明らかに違った結果・対応となるはずで、熟知している者の方が柔軟性に優れているのは間違いありません。
実はこのポンプの回転方向の質問は、私が4th Officerとして初めてVLCCに乗船して間もない頃にC/Oから受けた質問なのです。当然、私はインペラーの回転方向、いやインペラーという言葉さえ知りませんでした。
その時、C/Oにポンプの構造・原理を説明してもらい、その仕組みを理解して非常に感銘を受けたことを今でも鮮明に覚えています。私の最初に乗った社船、いわゆる「Mother Ship」での印象深い出来事の一つです。誰でもMother Shipでのちょっとした些細な出来事が脳裏にしっかりと焼き付いているはずです。若い皆さんには、その些細な出来事を胸に大切にしまっておき、将来、ときどき思い出して若かった頃の自分を懐かしんで欲しいものです。