便利な通信手段であり、船員の商売道具として無くてはならない『トランシーバー』の話です。
以前使っていたモトローラのトランシーバーは船橋と船首配置作業者との交信でも、船橋と機関室の交信でも比較的通信が良好で、操練の時などにその有難さがよくわかります。
但し、モトローラ製のトランシーバーにも注意すべきことがあります。それは海中落下の危険です。このトランシーバーのケースホルダーはきちんと蓋をするタイプでなく、紐を引っ掛けるタイプです。その紐を掛けずに使っていると、トランシーバーがケースホルダーから簡単に落ちてしまい、そして、その場所がたまたま舷側等なら、トランシーバーを海中へ落としてしまいます。
ある船で1年間にトランシーバーを2度、海中落下させた船がありました。1度の失敗は許せても、同じ失敗を繰り返して言い訳できません。もちろん同じ人が2度続けて海中にトランシーバーを落とすはずはなく、やはりハード的に問題があると言えます。海中落下を防止するためにはもっと取り付けやすいタイプの紐にする等の改善が必要です。
国内メーカーのトランシーバーも現在では改良が進み相当に小型になりました。その小型トランシーバーを海中転落させた話を紹介します。ある船でバラスト水排出前のサンプル水を採取するときのことです。ABがバラストタンクのエアーベントを開ける作業をしていました。ちょうどエアーベントヘッドを外したときに何かの拍子で胸ポケットに入れていたトランシーバーをエアーベントの穴へ落としてしまったのです。わざと落とそうとしてもベントパイプ内に胸ポケットからトランシーバーを落とすのは簡単ではありません。ほとんどの場合は床に転がり落ちるはずです。しかし、事故というものは運に見放されたり、あり得ない状態で起こることもあります。
さて、水中に水没したトランシーバーですが、皆さんはトランシーバーがパイプに吸い込まれてしまい最悪の結果としてポンプが壊れることを心配しませんか?しかし、大丈夫です。トランシーバーのように大きくて重いものが、直ぐに入り組んだ構造のバラストタンク内を流れてベルマウスまで到達することはまず、あり得ません。何十回もの漲排水を繰り替えしていれば、だんだんとベルマウス近くまで到達することもあるかも知れませんが、1回ぐらいの排水では、それほど移動しないはずです。実際にこのときもバラスト水を排出してタンク内に入って見ると、床に転がっているトランシーバーを発見し、回収できました。
残念ながらトランシーバーは防爆型ですが、やはり浸水によって使用不可となってしまいました。さらにこの話は続きます。その次の日に今度は出港時のパイロットが海中にトランシーバーを落としてしまったのです。このときもズボンのポケットにトランシーバーを入れており、舷梯からパイロットボートに乗り移るときに落としたのです。「事故は連鎖反応のように続く。」とはよく言ったものです。1年に1回も発生しないトランシーバー海中落下が二日連続で発生する確率は非常に低いはずです。それが発生したのです。とにかくトランシーバーをむき出しでポケットに入れておくのは落下の危険大です。