航海士としての初乗船。誰もが通る道です。
その時に何を感じていたかは、年月が経つにつれて、今の自分にとって心地よい形へと少しずつ整っていき、当時の手探り感は薄れていきます。
そこで今回は2回の連載で、航海士としての初乗船を終えたばかりの若手の等身大の声を、可能な限りそのままご紹介します。
今回インタビューに協力して下さったのは、航海士として一隻目の乗船を終えた直後の山田拓海さん(仮名)です。
若手の方には共感することもあり、上司の立場にいる方やベテランの方には、当時の感覚を思い出すことがあるかもしれません。この記事が世代や立場を超えたコミュニケーションのヒントになれれば幸いです。
乗船直後の朝のミーティングで感じた「プレッシャー」
−− 山田さん、本日はよろしくお願いいたします。まず始めに、今回の乗船について簡単に教えてください。
外航の自動車専用船に数か月、見習いの三等航海士(4/O)として乗船しました。
−− 乗船はいかがでしたか?楽しかったことや辛かったことはありましたか?
船に乗ること自体は楽しかったです。人間関係も大きなトラブルはなかったです。ただ、とにかく最初は「戦力になれていないこと」が辛かったです。
−− 具体的にどのあたりですか?
朝のミーティングです。3/O(三等航海士)がC/O(一等航海士)に対して「今日はこの作業をやります」と積極的に進言している横で、自分は何をしていいか全く分からない。ただボーッと突っ立ってるだけの時間が、本当に辛くて。自分の中で「もっとできるはずだ」という変なプライドがあったんだと思います。乗船前に会社から「早く三等航海士の仕事を覚えてほしい」と言われていましたし。
また、上の人たちの「気遣い」も逆に辛く感じました。距離を保ちながら丁寧に教えてくださるのですが、その一方で、3/Oとはバシバシ言い合いながら近い距離感で仕事をしている。その輪に入り込めていない感覚が、焦りに拍車をかけていました。
−− 今の時代、ハラスメントへの配慮から、上司側もどう接していいか迷っていると思います。若手のひとりとして、率直にどう感じていますか?
「こっちからは飲みにも誘えないんだよ」と苦笑いされることはありました。上司側が気を遣って、あえて仕事を振りすぎないように配慮してくれているのも感じます。でも、若手としては、それだと成長の機会が減ってしまう不安はありました。
−− その状況で上司との「距離感」をどうやって埋めていったのでしょうか。
挨拶を欠かさないのはもちろんですが、あえて自分のプライベートな話をしたり、筋トレに誘ってみたり、仕事以外の面で「オープンな自分」を見せるようにしました。そうすると、上司の方も「ここまで踏み込んで教えても大丈夫だな」と判断してくれるようになったと思います。
上司側も若手に対して意外と警戒している。自分からも積極的に距離を縮める努力をすると、関係がうまくいくかもしれない。
徹底した「先回り」で掴んでいった自分の居場所
−− 人間的な距離感が近くなるにつれて、仕事でも状況が変わっていったのでしょうか?
船長が交代したタイミングが転機だったと思います。乗船してきたキャプテンは「これ、やって」と、あまり説明なしに仕事を任せてくれる人でした(笑)でも、その方が「船のために働けている感」があって自分自身の気持ちが楽になりました。
−− 仕事を割り当ててもらえると、救われることがありますよね。
はい。あとは、C/Oと一緒に仕事をする中で、自分なりに貢献できることを探しながら動きました。現場での即戦力を求めるC/Oだったので、それなら「一人のクルー(甲板員)として誰よりも動こう」と考えました。
−− まずは現場で動くところから始めようとしたのですね。
C/Oが昔「若い頃はクルーと一緒に甲板作業をしていた」とおっしゃっていたのを思い出して、それが自分へのメッセージだと解釈しました。道具の準備など、作業の先回りを徹底して。それでようやく「お、頑張ってるな」と認めてもらえた気がします。
−− 船内は 狭いコミュニティだからこそ、嫌われたくない、期待に応えたいっていう必死さが出ますよね。少し意地悪な質問ですが、もし、誰の目も気にしなくてよかったら、何をしていたと思いますか?
……おそらく、ずっと青図を見てましたね(笑)。救命艇とか消火設備の仕組みを、マニュアルと照らし合わせて勉強するのが大好きなんです。知らないことを知っていく感覚が好きでした。
「次もあの人に頼もう」と思ってもらえるまで
−− 上司に安心して仕事を任せてもらえる関係を作っていくというのが、仕事をしていく上でのポイントの1つだと思います。相手との信頼を少しずつ積み上げていくからこそ、次の仕事を任せてもらえるようになる。山田さんはそのあたりが絶妙な印象を受けましたが、今回の乗船では、具体的に、どういうタイミングで「この仕事を自分に任せてもらおう」と見計らっていたのでしょうか?
そうですね……。例えば、船内のある設備の調子が悪い時期があったんです。一度ブレーカーを落として再起動させる、という作業が1日に1回は発生するような状況でした。その時、まずは自分からブレーカーの場所を覚えに行ったんです。
一度できることがわかってもらえれば、次から調子が悪くなった時に、キャプテンが真っ先に自分を呼んでくれるようになりました。「ちょっとあれ(再起動)やってきてくれ」という具合に。一番わかりやすい例だと、そのような感じですね。
−− なるほど。自分から動いて、新しい作業の「担当者」になってしまうのですね。
何か一つ新しい作業が生まれた瞬間がチャンスだと思っていました。「あ、チャンスだな」と思って、そこで仕事を覚える。とりあえず「自分がそれを一人で完結できる」状態にする。そうすれば、以後その作業の繰り返しは全部自分に任せてもらえるようになるので。
本当に小さなことなんですけど、「ブレーカーを落とす」という一つの作業を完璧に覚えるだけで、あとはずっと自分を頼ってくれるようになる。最初の方は、そういう小さな貢献の仕方しかできなかったですけどね。
−− それは、とても良い仕事の取り方だと思います。発生した課題を「ルーチン化」して自分が引き受けることで、上司が「上司にしかできない仕事」に集中できる環境を作っているのですよね?
はい、まさにそうですね。結果的に上司の負担を減らすことが、一番の近道だった気がします。
若手はルーチンを引き受け、上司の負担を減らすと、次の仕事のチャンスが巡ってくる
第1回のまとめ
仕事の場では雑務を拾い、小さなルーチンを引き受ける。船内生活でも上司との距離を少しずつ縮めていく。そうした積み重ねが、やがて信頼に変わっていく。ここまで読むと、「世代間ギャップを超えて活躍できる、優等生な若手航海士だ」と感じる方もいるかもしれません。
一方、閉鎖された船という空間の中で、周囲との距離感に悩んだり、自分の立ち位置を模索したりする時間もあったはずです。次回は、その行動の裏にあった内面の揺れに目を向けます。
