漂流する超大型タンカーの救出記録 12月13日(金)16:50〜NHKニュースシブ5時で放送

局長さん、次席さん、三席さん

日本の商船では既に絶滅してしまった『通信士』の話です。

若手航海士で「次席さん」と一緒に乗船した経験がある人は、間違いなくいないはずです。「次席さん」とは二等通信士(2nd Radio Officer)の俗称です。さらに遥か大昔、通信士が3名乗船していた時代には、三等通信士(3rd Radio Officer)を「三席さん」と呼んでいたのです。そして、通信長(Chief Radio Officer)のことは「局長さん」と呼んでいました。「局長さん」「次席さん」「三席さん」は親しみを込めた愛嬌のある呼び方でした。

乗り組んでいる通信士が3名から2名になり、やがて1名になり、あっという間にGMDSS時代になって、通信士がいなくなってしまいました。同時にトンツーのモールス信号の時代も終わりました。衛星電話という通信機器が普及してモールス信号が不要となり、誰でも無線業務ができるようになったために通信士が不要になったというのが正確な表現かも知れません。昔は相当な時間を使ってモールス信号や手旗信号を商船学校や練習船で習っていましたが、最近はこれら信号の習得にあまり時間をかけていないのかも知れません。

参考 手旗でメッセージ海上自衛隊

 

通信手段はモールス信号からTelexへ、そして電話やE-mailへと様変わりしました。ついこの間まで入港前にETAを代理店に連絡するためにTelexを使っていましたが、電波状態が悪い場合は送受信に30分以上、ときには1時間もかかることが多々ありました。今ではE-mailで簡単にあっという間に送れます。

E-mailになったおかげで、船陸間の情報量は10年前では考えられないほど莫大な量となりました。情報量が多くなることは船にとっては有難いことですが、あまりにも気軽にE-mail通信ができるため、急ぎでない情報や必要のない情報も航海中に会社とやり取りを行うことができるようになってしまい、船内の仕事量もそれにつれて増加の一途です。情報は多ければ良いというものではありません。「必要な情報を必要なときに適度の内容・量で交換する。」というのが大原則です。

大昔の話ですが、パキスタンのカラチという港では、沖待ちの船が無数に錨泊しており、着桟までに数週間という膨大な日数を要しました。中には悪知恵の働く船があり、実際に港内に錨泊して順番を待たずにVHFや無線で到着時間だけを連絡しておき、どこか別の港で一仕事してから寄港するという船が多くいました。

丁度、満員のレストランで1時間待つ場合、名簿に名前だけ書いて、買い物をして時間をつぶしてくるような行為です。カラチ港ではそういった行為の防止策として実際に錨泊したことを確認するために陸と船が発光信号でやり取りしていました。ときには不慣れな航海士が必死に発光信号を行うこともあったそうです。

30年以上前の時代は局長さん、次席さん、三席さん以外にも船内の各職名を独特の言い方で呼んでいました。例えば、甲板部、機関部の職長(甲板長:ボースン、操機長:ナンバン)の下位職としてストーキーという呼び名の職位がありました。練習船では今でもストーキーがいるのではないでしょうか。英語のStore Keeperのことで、文字通り船用品を一手に管理する人です。また、Oilerの中でNo.1 Oilerの次職の人をナンブトと呼んでいました。これはナンバーツーオイラーのナンバーツーが訛ってナンブトになったのだろうと思います。日本人の賄いが乗船している時代には司厨長のことを「シチョージ」さんと呼んでいました。

甲板部員が10人以上乗っている時代には、甲板長、大工(カーペンター)、ストーキー以外に役職のない甲板部員の一番上の人のことをヘッドセイラーと呼んでいました。賄いも今のメスマン役が二人乗っており、「サロンボーイ」と「メスボーイ」と呼ばれていました。また、大昔の船では船首と船尾に居住区が二分されており、2nd Cookを「おもてのおやじ」、「とものおやじ」と区別して呼んでいました。さらにボーイの他にもっぱら掃除担当の「ドバス」もいました。ドバスとは日本語で便所掃除人のことです。これら日本船の独特な役職の呼び方も今では死語になってしまいました。

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