航海士が普段は気が付いていなくても知らず知らずのうちに受けている『精神的ストレス』の話です。
その前に甲板部作業についての話を一つ。よく議論される問題ですが、「船長や一等航海士は部員を管理する立場なのだから、部員と一緒にペイント塗装や錆打ち作業を行うのはまずい、やらない方が良い。」という意見があります。しかし、実際にそうでしょうか?何も毎日、毎日明けても暮れても一等航海士が塗装や錆打ちを部員と一緒にやる訳ではありません。期限に追われた業務や課題もなく、自分の仕事が順調で、甲板部のマンパワーが不足しているときには甲板部作業をヘルプすることも良いでしょう。
そして何よりも部下達の仕事振りや性格を把握するためには絶好の機会です。機関部は職員と部員が毎日のように一緒に仕事をしています。しかし、甲板部は機関部に比べるとC/Oが部員と一緒に仕事をする時間は極端に少ないはずです。一緒に甲板部作業をすると普段あまり知ることができなかった甲板長のリーダーシップの有無や仕事の段取りの善し悪しもよく判ります。また、まじめな甲板部員、横着な甲板部員、器用な甲板部員等個人の性格や仕事振りも把握できます。
そして、職員が甲板部の作業に参加するもう一つ大きな目的は作業内容の理解です。やはり甲板部と一緒に汗水たらして仕事の準備から後片付けまで行ってこそ、その仕事の内容を100%理解できるのです。甲板部が苦労する作業、予想以上に時間がかかる作業、特殊な道具がいる作業、危険が潜む作業等々。
自分の目で見て、肌で感じて初めて実感できる作業もあります。当然のことながら、甲板部を指揮・監督する立場の航海士は甲板部の仕事を100%理解している必要があります。暑い炎天下で3日間連続で錆打ち作業をすれば、どれだけ大変かは実際に経験しないとわかりません。机上の計画だけで甲板部に炎天下で1週間連続で錆打ち作業ばかりさせるような管理者になってはいけません。
また、体を動かす甲板作業は普段事務作業ばかりしている自分自身のストレス発散にも有効でしょう。たまにはデッキへ出て気分転換をはかれば、事務作業の効率も大幅にアップするはずです。勿論、優先順位の高い仕事を山積みにしていれば、そちらの処理を優先させることは言うまでもありません。
しかし、仕事に余裕があり、部下と一緒に汗を流すことも円滑なコミュニケーションを維持する手立ての一つです。船長だから、一等航海士だから、部下に無様な格好は見せられないと偏ったプライドを持つ必要はありません。自然体で良いと思います。特に将来、甲板部を指揮監督する立場となる若い航海士は積極的に甲板部の仕事に参加してみてはどうでしょうか?きっと将来役に立つ経験や貴重なノウハウを修得できるはずです。
ここから「精神的ストレス」の話です。航海士は自分では感じなくても知らず知らずのうちに多くのストレスを感じながら船上で生活しています。そのため「多くの航海士が寝ているときに見る航海士ならではの夢」というものがあります。おそらくほとんどの航海士がときどき見ているのではないでしょうか。ある機関士の人に聞いてみると、機関士ならではの夢はないそうです。航海士ならではの夢とはどんな夢かというと、「自分が操船している船がとんでもない浅瀬に紛れ込んでしまう。」「船が川の急流を下ったり、道の上を慣性でズルズル滑って行ったりする。」「見たこともない狭い港に迷い込んでしまう。」等々とにかく船が有り得ない状態で航行する悪夢です。
みなさんも自分が操船している船が迷路に入り込んでしまう夢をきっと何度も見ているのではないでしょうか?そんな夢を見たことがないという人がいれば、その人はストレスが溜まっていない肝っ玉の太い人かも知れません。きっと若い航海士はこれからの長い船員生活で何度も何度も船があり得ないところを航走する悪夢にうなされることでしょう。しかし、それは航海士の誰もが見る悪夢なので、全然気にすることはありません。
参考
こころの健康自己チェック運輸事業従事者のためのメンタルヘルス