日本語で言うところの「煤吹き」、『スートブロー(Soot Blow)』の話です。
どの船でもスートブロワー(煤吹器)を使用してスートブローを1日1、2回実施します。文字通り、ボイラー煙道内の煤を吹き飛ばして煙突から出す作業です。但し、LNG船でGas専焼時には煤がほとんど付着しないのでSoot Blowの必要はありません。ボイラー内の伝熱面に煤が付着すると、燃焼熱を十分にボイラーに伝えることができなくなり、ボイラー効率が低下し、さらに腐食や通風阻害を生じます。そこで煤を除去するために蒸気と空気を混合して吹き付ける装置、いわゆるスートブロワー(煤吹器)が装備されています。
機関制御室(ECR)から「今からスートブローを行います。」と毎回、船橋へ連絡がきます。おそらく皆さんは「はい、どうぞやってください。」「スートブロー実施、了解しました。」と何も考えずに無条件に返答しているのではないでしょうか?でも、「はい、どうぞやってください。」という返事をする裏には沢山の意味が込められていることを考えたことがありますか?煙突から海洋汚染・大気汚染となる煤や火災の原因となる火の粉が舞い上がる可能性のある作業です。航海士が何も考えずに「はい、どうぞやってください。」だけで良いわけがありません。そう言う前に確認すべき事項がたくさんあるのです。
「タンクからの可燃性ガス漏れはないこと。至近距離に他船がいないこと。たとえ煙突から火の粉が飛来しても危険な状況に陥らないこと。また、周囲近くに民家もなく、多量の煤が飛散しても問題がないこと。さらに、煙突周辺で甲板部は作業をしていないので、人災の危険がないこと。現在の風向きでは甲板上に煤が落ちないこと。たとえ、煤が甲板上に落ちても燃焼物はないので、発火する可能性がないこと。また、ペイント塗装中ではないので煤が落ちても問題ないこと。」というようにスートブロー実施に伴うあらゆる状況を検討し、安全確認をして、はじめて「はい、どうぞやってください。」という返事ができるのです。このように何気ない作業・動作にも深い意味があるのです。いつもと違った視点から見てみたり、より深く考えたりすることが大切です。忙しい毎日の仕事は何気なく見過ごして終わりがちですが、できるかぎり新鮮な気持ちで作業することを心掛けましょう。
黒い煤が甲板上に落ちて汚れた場合、甲板部は早めに清水で洗い流します。そのままに放置しておくと煤が落ちた部分の塗料が変色してしまいます。では、ここで質問です。黒い煤と水が混ざると何になりますか?正解は「亜硫酸」です。煤には多量の二酸化硫黄(SO2)が含まれており、これに水(H2O)が混ざるとH2SO3、つまり亜硫酸に変化するのです。ですから、何気なく甲板部が煤を清水洗いしていますが、そのしぶきが目に入ると危険です。そのため、煤の洗い流し作業にはゴーグル装着が必要です。
実際の煤洗い作業でゴーグルを付けている人は少ないかも知れません。しかし、機関士にはゴーグル装着必須を実感する作業があります。それは排エコの水洗い作業です。停泊中、煤が付着して汚れた排ガスエコノマイザーのチューブを水洗いします。このとき上部から汚水がポタポタと落ちてきますが、これに硫酸分が含まれているのです。ですから機関部の人は目に入らないようゴーグルを装着して、雨合羽を着て水洗いを行います。皆さんも甲板上の煤を見たら亜硫酸と思って下さい。煤が係留索に降りかかるのが良くないこともこれで理解できたと思います。