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船橋の位置ではなく、錨の位置が投錨位置

大きな船では船首から船尾まで相当な距離があり、船の位置を議論するときにどこを基準とするかが問題となることがあります。そんな『船の位置に関する基準』についての話です。

船がブイを通過する時間は、船のどの部分がブイに並んだときでしょうか?一般的には船橋がブイの正横を通過した時点で、船首、船体中央、船尾がブイの正横を通過した時間ではありません。誰が決めたのか知りませんが一般的な通過時間の基準は船橋です。「12時15分、明石海峡航路イン」と言えば、船の船橋が明石海峡入口ブイを12時15分に通過したということです。

他にも船橋が基準となるケースとしてパナマ運河のLock Inの時間やドライドックにGate Inした時間があります。船橋が運河やドックの水門(Gate)を通過した時間が正式な通過時間となります。ですから通過時間というのは船の船橋が通過した時間を取るのが慣例となっています。

では投錨作業の位置の基準はどうでしょうか?錨地とは当然のことながら船首の錨の実際の位置です。決して船橋の位置ではありません。レーダーで測定した位置は船橋の位置(正確にはレーダースキャナーの位置)です。従って「錨地まであと3ケーブル。」と言えば、レーダーやCross Bearingで計測した「船橋の位置」から「船橋-船首間の距離(大型船で約1ケーブル)」を差し引いて考えなければいけません。

投錨したら直ぐにAnchor Positionを海図に記入しますが、レーダーでAnchor Positionを入れる場合にも当然、船橋(RADAR Scanner)-船首間の距離を差し引いた位置を入れます。同じように狭い錨地に多数の船舶が錨泊している場合、船首方向に錨泊している船までの距離は船橋~船首間の距離を差し引いて考えなければいけません。

船橋からレーダー映像で5ケーブルあっても実際の船同士の距離は4ケーブルしかないことになります。船は点ではなく、長さと幅からなる大きな面積を占有しているので、状況によっては船の基準となる場所が船橋、船首、船尾、船体中央のどこになるかを考慮する必要があるのです。

以前、LNG船に乗船していたときにシンガポール錨地でヒヤッとした話を一つ。シンガポールの西側JurongのSultan Shoalには、防波堤に囲まれた錨地があります。補油をするタンカーやLNG船がよく利用する錨地です。防波堤の中にたくさんの船が錨泊している場合、他船との距離を5ケーブルも確保することができません。12時間程度の錨泊とは言え、あまりにも狭隘な錨地です。防波堤外にSudong Anchorageという広い錨地もあるのですが、飛行機の離着陸に妨げになるという理由からAir Draftの高い大型船は錨泊を許可されないこともあります。

そのときも防波堤外の許可がおりなかったため、防波堤内に錨泊しました。もちろんPilotが乗船して錨地に向かいます。夕方に何とか他船との距離を5ケーブル近く確保して錨泊できました。ところが夜中の2時頃に2/Oから電話があり、「至近距離に小型タンカーが錨泊してだんだん近づいて来ている。」というではありませんか。

慌てて船橋へ上がってみると、本船の右舷側2ケーブルもないところに小型タンカーが錨泊しているのを見て驚きました。しかも、突風が吹いており、本船と小型タンカーでは船体形状が大きく違うので、風の影響が異なり、お互いの船首方向が「ハの字」型になっていました。そして、お互いの船橋同士の距離がどんどん近づき、あと200m程度まで接近しています。必死でVHFや汽笛で相手船を呼びますが、応答がありません。本船の主機は直ぐにはS/Bできず、到底間に合いません。

機関長に頼んで何とかBow Thrusterだけは使えるようになったので、Bow Thrusterで船首方向を変えて相手船と平行に保つよう努力しました。そのうちに相手船も気がつき、慌ててVHFでパイロットを呼んでいる様子です。それから30分後にはパイロットが到着し、相手船は抜錨して、奥の広い錨地へシフトしました。このときばかりは、私も船同士が接触する覚悟をしました。幸い結果的には接触事故とはなりませんでしたが、やはり、近すぎる場所に他船が錨泊しそうになったら、相手船に警告して離れてもらうことが重要です。

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