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波や風を真正面から受けるのをやめて、少し斜めから

船長の悩みどころである、荒天下における『針路選択』の話です。

私は大洋航行中に時化に遭遇して、猛烈な強風や巨大なうねりを船首正面から受ける場合、可能な限り船の針路を右又は左に変えて風やうねりを左右どちらか20~30度斜め方向から受けるようにします。その理由は三つです。

第一の理由として船首構造物の破損を避けるためです。高速で航行中に大きなうねりとぶつかって船首構造物が破損するという大事故もまれにですが発生しています。もし針路変更だけで衝撃力が弱まらない場合、可能な限り船速を落として衝撃を和らげる必要があります。自動車事故の場合と同じで、衝撃力は速度の2乗で効いてきますので、船速を下げることが衝撃力軽減に最も効果的です。

二つ目の理由は風やうねりで低下した船速を少しでも上昇させるためです。船は真正面の風・波に弱いものです。風・波を正面に受けると船速があっという間に2、3ノットも低下します。次の港のスケジュールを維持するために最短航路から大きく針路を曲げて航行距離を伸ばすことに抵抗がありますが、風・波を真正面に受けたときの速力低下率が大きいときには、斜めに風・うねりを受けるようにすると簡単に船速が0.5ノットや1ノット程度は増加します。ですから、航行距離にもよりますが、距離を増やしても船速を上げることで到着の遅れをリカバーできるケースが多々あります。そして、風や波が静かになって天候が回復すれば、徐々に針路を最短コースに戻せば良いのです。

三つ目の理由が主機への負荷の軽減です。大時化で船首から強風や波を受けるとトルクリッチになり、プロペラシャフトに大きな負荷がかかります。主機連続運転許容範囲から外れることのないように針路を変更してトルク軽減に努めます。皆さんは馬力(kW)と回転数の関係グラフを見たことがありますか?

そのグラフを見れば今、主機関がどんな状態で運転されているか一目瞭然です。同じ馬力で回転が著しく低下するということはトルクがどんどん大きくなっていっているということを意味します。限界を超えるとシャフトや減速機が損傷する危険性があるので主機回転数を下げる必要があります。そのため益々、船速が低下してしまいます。それならば、少々距離が伸びても、回転数を落とさないために斜めから波風を受けて航行すれば、結果的に早く目的地に到達できるケースがあるのです。

皆さんはこんな経験がないでしょうか?荒天下で船を大きく変針させるときに、大きなうねりに船体が乗ってしまって、横揺れが大きくなり右へ左へ船が翻弄され、部屋の机の上の物が全部床に落ちたり、食器やビンが割れたりして部屋に散乱するという経験です。大きなうねりがある状況で船を回頭させるときは要注意です。船を回頭させるとき、船体への波の衝撃を和らげるために少しでもゆっくり回頭したいところですが、問題はうねりの方向が船体正横になったときです。このときに回頭操船をもたもたしていると、大きなうねりに船体が翻弄され、Rollingが過大となり、船内のあちこちで物が転げ落ちて予期せぬ物が壊れます。

荒天に遭遇しても何とか小さな横揺れで耐えているときに、船を回頭させてうねりを真横に受けると、とんでもない横揺れになることが多々あるのです。荒天でうねりが大きいときの回頭操船のコツは、「最初は船体と波の関係を見ながらゆっくり回頭、うねりが横方向になる手前で、できる限り速く、素早く回頭、そしてまたゆっくり回頭」が理想的です。

蛇足ですが、荒天下で大幅変針により船体動揺が激しくなると予想されるときは、当然、機関部や司厨部に連絡して横揺れが大きくなることを知らせる必要があります。機関部で重量物の移動作業をしているかも知れません、司厨部で鍋に入った天ぷら油を使って調理しているかも知れません。あらゆるリスクを想定して可能な限り船内周知を行ってから大幅変針を開始しましょう。

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