藤井 迪生
最近、「ビッグデータ」という言葉をよく耳にされる方も多いのではないでしょうか?
一見、船員と関わりの無い言葉である印象を受けますが、近年、海運業界でも活用されつつあり、著者も次世代の船員教育への活用を目的に、ビッグデータを用いて、船乗りの「技」を客観的に数値で表現する試みを行っています。
今回は、著者らが発表した研究論文から内容の一部を抜粋し、ビックデータの一種である衛星AISデータを利用して解析した運航実態から、冬季北太平洋を航行する船はどのように航行しているのかをシリーズでご紹介したいと思います。
第1回目は教科書に載る一般的なルートと実際のルートを見ていきたいと思います。
衛星AISデータ(5,065,932件)
今回紹介する研究では、ビッグデータの一種である「衛星AISデータ※1」とアメリカ環境予測センターが提供している「気象・海象データ」を組み合わせ、実際に船舶が航行した海域の海象状況を統計的に解析しました。具体的には、2015年12月から2016年2月までの間に北太平洋を航行した船のうち、船籍・船社を問わず無作為に抽出したコンテナ船100隻と自動車専用船84隻が発信した合計5,065,932件のデータを処理し、分析を行いました。
※1 一般商船に搭載されている船舶自動識別装置(AIS)から発信される信号を人工衛星によって受信したデータ
冬季北太平洋の一般的なルート
荒天であることが多い冬季の北太平洋では、アジア大陸からアメリカ大陸に向かって横断(以下、「東航」という)する際には低気圧からの追い風や追い波を受けながら航行できるように大圏航路よりも南側を航行し、一方、アメリカ大陸からアジア大陸に向かって横断(以下、「西航」という)する際には、荒天域を避けるためにできるだけ北上して気象・海象が穏やかなことが多いアリューシャン列島を通る集成大圏航法を用いることが一般的です。また、北上できない場合には、大圏航路での横断を諦め、南下して漸長緯度航法を用いて航行します。これらのことは長年、船乗りの間で語り継がれている「技」でもあります。
実際のルート
では、実際のルートはどのようになっているのでしょうか。以下の図は衛星AISデータを用い、解析期間中に航行した東航(左図)および西航(右図)のルートをコンテナ船(上段)、自動車専用船(下段)別にプロットしたものです。
コンテナ船、自動車船ともに、東航の場合は北太平洋の中央部を横断しているのに対し、西航の場合は、荒天域である北太平洋中央部を避けるように、ベーリング海(アリューシャン列島の北側)を通る場合と南側の北緯30度付近およびその以南を航行する場合とに分かれており、船乗りの間で語り継がれている内容と同様のルート傾向を示していると言えます。
参考文献
1) M. Fujii, H. Hashimoto, Y. Taniguchi, “Analysis of Satellite AIS Data to Derive Weather Judging Criteria for Voyage Route Selection”, the International Journal on Marine Navigation and Safety of Sea Transportation, Vol.11(2), pp. 85-91, June 2017