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あんな船乗り用語、こんな船乗り用語 (その1)

普段、私達船乗りが何気なく使っている言葉が、実は船乗りだけしか知らない言葉、船乗りにしか通用しない言葉であったという経験がありませんか?

「とも・おもて」「レッコー」という言葉はまさに船乗りしか使わない『船乗り用語』です。全く船の知識がない人に説明するときに「本船の右舷」と言っても耳に馴染まない人が多いはずです。まず、そもそも「本船」と言って何のことか判らない人もいるのです。「今乗っているこの船の船首に向かって右側」と言えば誰にでも理解できますが、「本船の右舷」と言うと船に関わりのない人にとっては非常に理解し難い言葉なのです。

昔の船員がよく使っていた船乗りならではの言葉、「船乗り用語」もどんどん消えて死語になった言葉がたくさんありますが、若手航海士の皆さんには是非「船乗り用語」を一つでも多く覚えて、記憶の片隅に留めて欲しいものです。そして、外航船員のDNAを途絶えさせないよう後輩へ少しでも語り継いで下さい。ここでは私達船乗りが日常で何気なく使っている「船乗り用語」をいくつか紹介します。

「かたふり」

昔の船乗りは「かたふり」が大好きな人種でした。お茶の時間や夕食後の一杯の時間に気の合うメンバーが集まって港でのおもしろい体験談、仕事での失敗談・成功談、上司の悪口等々を熱心に語ったものです。また、先輩と後輩が杯を交わしながら、先輩の武勇伝を後輩は興味津々で聞いたものです。先輩も話が本調子に乗ってくれば、話をてんこ盛りにして、おもしろおかしく話の落ちまでつけて、つばを飛ばしながら熱心に語ります。そんな「かたふり」ですが、なぜ「かたふり」と言われるようになったのでしょうか ?一説によると、話に熱が入ってくると、身振り手振りが大きくなり肩を震わせながら話に夢中になることから、「かたふり」と言われるようになったそうです。

「船なり(ふななり)」「船よこ(ふなよこ)」

船上で方向を表す言葉が、「船なり」、「船よこ」です。「船なり」は船の縦方向(船首尾方向)、「船よこ」は船の横方向(船幅方向)です。例えば「君の部屋のベッドは船なり、船よこ、どっちになっている ?」「私の部屋のベッドは船なりだから、時化て横揺れするとベッドから落ちそうになって熟睡できません。船よこのベッドがうらやましい」と言った会話で使われます。

「だんきが悪い」

「あの船は頻繁に事故が起こるだんきの悪い船やなぁ。」と使います。語源は機器の暖機のことだと思います。暖機が十分でない機器は調子も悪くなり、故障することもあります。ですから暖機が悪い→暖まっていない→事故・故障の原因となる→事故が発生する。「暖機が悪い船」=「事故が起こる、縁起が悪い船」という意味になったのでしょう。だんきが悪い船では他の船と比べて事故や災害が頻繁に起こります。同じような航路で同じような作業、同じような機器の船なのに、なぜか他船より事故・災害が多い船が「だんきが悪い船」です。

なぜその船に集中的に事故・災害が発生するのか原因は不明です。だからこそ「だんきが悪い。」という言葉で表現する以外にないのです。例えば、あるLNG船では乗組員の下船しなければならないほどの災害事故が4年連続で発生しました。通常はどの船でもそんなに頻繁に災害事故は発生しません。普通の船は2年連続、3年連続で無災害を維持し、会社から表彰してもらうのが通常です。ところが、その船ではなぜか4年連続で災害事故が発生しました。不思議な現象ですが、これがまさに「だんきが悪い船」です。

「かしぎ」「さらえ」

傾ぎ(かしぎ)、浚え(さらえ)という言葉は辞書に載っていますが、陸上の普段の生活ではあまり使わない言葉でしょう。「傾ぎを直す。」「タンクの完全浚えを行う。」と言っても陸上の人には違和感があるかもしれません。「傾ぎ(かしぎ)」は「傾き(かたむき)」が一般的です。大昔は下水溝の掃除を「ドブさらえ」と言いましたが、今はその「ドブ」もあまり見かけません。陸上生活では、あまり「さらえ」に縁がありません。

「内錨(うちいかり)」「外錨(そといかり)」

錨を収める場合、錨のShankがホーズパイプ内へ入って錨の爪が船首外板に当たるまでWindlassで巻き込みます。海面上に見え始めた錨の爪が船体側を向いて上がって来るか、海側を向いて上がって来るかによって錨が納まるまでに描く軌跡が異なります。この錨の向きの違いを「うちいかり」「そといかり」と呼びます。

最終的にホーズパイプに納まった格好は同じですが、爪が船体側を向きながらホーズパイプに納まるとき、「錨が内錨(うちいかり)であがってきた。」と言い、爪が海側を向きながらホーズパイプに収まったとき、「外錨(そといかり)であがってきた。」と言います。「そといかり」では錨は回転せずにホーズパイプに収まりますが、「うちいかり」の場合は錨の爪が外板に当たって、ぐるっと反転するような動きをして収まります。

「ちゃんちゃん」

パイプや鉄板に小さなピンホールや亀裂ができて、水漏れや油漏れが発生した場合、可能ならば溶接することが最善の修理方法です。しかし、溶接が出来ない場合は手っ取り早い応急修理方法として、ハンマーでピンホール部・亀裂部をコンコンと叩いて、その小さな穴や亀裂をつぶしてしまい穴を塞いでしまいます。これを「ちゃんちゃんする。」と言います。もちろん、ハンマーで叩いて塞がる程度のほんとうに小さな穴の場合や叩いて伸ばしても問題ないぐらい肉厚のあるパイプや鉄板にしか通用しない技です。

「かかり」「やりじまい」

「かかり」は「主機回転数調整は朝のかかりにお願いします。」と使います。「仕事を始めたとき」、「まず最初に」という意味です。また、「やりじまい」は「やって終わり」という意味で、例えば「出港後の甲板部の作業は後片付けだけなので、やりじまいにします。」と言います。仕事の合間の小休止を挟まず、終わるまで連続で仕事をして、終了し次第、本日の作業終了となります。できるだけ早く作業を終わらせて、休息時間を少しでも長く取りたいときには「やりじまい」です。

「ワンチャブ」

エダクターを用いてカーゴタンクやバラストタンクを浚えるときに一通り浚え終わった後、もう一回エダクターで浚えることを「ワンチャブ」と言います。トリムがついているタンクでは、浚えても少し時間が経てば、再びじわっと残油・残水が溜まってきます。そこで、「溜まったかもしれないので、もうワンチャブしておこう。」と言います。

ワンチャブのワンは数字の1、もう1回の意味で、チャブは「チャブチャブ」、食べるという意味です。「チャブチャブ」は東南アジアでは結構通じます。語源を詳しくはしりませんが、どこかの国の言葉で「食べる」を「チャブ」と言うと聞いたことがあります。

「青波」

「昨日は大時化でうねりが大きく、おもては青波を相当かぶっていたよ。」と使います。この「あおなみ」という言葉は辞書にのっておらず、意外と船乗り用語なのかも知れません。青波とはまさに青色の波であり、波や波しぶきではなくて海水そのものです。乾舷の高い大型船では船首に波しぶきが降りかかることは時々ありますが、海水そのものが船首にかぶることはまずありません。しかし、バルカーや小型タンカーは乾舷が非常に低いので、大時化になると青波をかぶることも珍しくありません。

「かいさきをとる」

「かいさき」は漢字で「開先」と書きます。これは船乗り用語ではなく、溶接の専門用語(術語)です。例えば溶接する鉄板と鉄板の合わせ目を斜めに削って、溶接が流れ込み易くすることを「開先をとる。」と言います。お互いの合わせ面にV字型やU字型に溝を掘ると溶接が綺麗に仕上がるのです。この溝のことを開先と言います。

「当たりを出す」

くじで当たりを出すわけではありません。バルブのすり合わせで面が滑らかになり、面同士がぴったり合致することを「当たりが出る。」と言います。メタルタッチのバルブシートに傷が付いた場合、当たり面にコンパウンドを塗って傷がなくなるまで、すり合わせを行います。この作業でメタル同士がぴったりと隙間なく触れ合う状態にすることを「当たりを出す。」と言います。

「バイトに取る」

もちろんアルバイト学生を雇うことではありません。係船索やタグラインをビットやボラードに取るときに、そのラインのアイをビットやボラードに直接取るのではなく、ビットやボラードを大回しにして折り返して自分側で固定することを「バイトに取る」と言います。バイトに取っておけば、本船側でいつでも係船索やタグラインを解き放つことができます。最近の大型船ではバイトに取ることはありませんが、小型ボートではバイトに係留索を取ることが多いはずです。

「誰何 (すいか) 」

おそらく船乗りになっていなければ、「誰何」という漢字も読めないし、意味かもさっぱりわからなかったでしょう。普通「すいか」といえば真っ先に思い出すのは食べるスイカです。広辞苑によると「誰何」とは「誰かに声をかけて名を問いただすこと。呼び止めること。」です。まさに諸外国の軍艦からVHFで呼び出され、「貴船の仕向け港は ?船籍港は ?乗組員の国籍は ?」等々の質問をされることが、「誰何」です。

「船方」

最近は「船方(ふなかた)」という言葉を使う人はほとんどいないはずです。昔は「土方、馬方、船方は天下の三方、三日やったらやめられない。」とやや自分達の職業について自虐的な言い方をしたものです。船乗りという仕事は普通の人がやる職業でないということを自嘲気味に言い表した言葉が「船方」です。また、他人が船乗りのことを「船方」と言えば、船乗りという職業を差別的にさげすんだ言い方でした。しかし、その数は非常に少ないでしょうが、ほんとうに船方、船乗りは三日やったらやめられない、これほどやりがいのある職業はないと本気で思っている船員もいるはずです。

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