昔の船員がよく使っていた船乗りならではの言葉、「船乗り用語」もどんどん消えて死語になった言葉がたくさんありますが、若手航海士の皆さんには是非「船乗り用語」を一つでも多く覚えて、記憶の片隅に留めて欲しいものです。そして、外航船員のDNAを途絶えさせないよう後輩へ少しでも語り継いで下さい。ここでは私達船乗りが日常で何気なく使っている「船乗り用語」の第3弾としてさらにいくつか紹介します。
あんな船乗り用語、こんな船乗り用語 (その1) あんな船乗り用語、こんな船乗り用語 (その2)「くにもん」
最近はやりのゆるキャラ、「くまもん」ではなく「くにもん」です。「くにもん」は船乗り用語なのかどうか不明ですが、船では「くにもん」をよく使います。いわゆる同郷人のことを「くにもん」と呼びます。「XXさんは君とくにもんだよ。同じ石川県出身だって。」「なんだ、君は僕とくにもんじゃないか。」というように表現します。船では北海道から沖縄まで日本各地の出身者が同乗していますが、やはり自分と同じ「くにもん」がいると、親しみも一段と増すものです。
「横距離」、「縦距離」
ゴルフの話ではありませんが、私達航海士は岸壁やブイまでの距離を表現するときに横(よこ)距離や縦(たて)距離という言い方をします。例えば入港操船時にブイまでの距離を船首尾配置の航海士が船橋へ報告するとき、船体がブイに対して斜め方向を向いているとき、どこまでの距離を報告すれば良いでしょうか?ブイまでの斜めの直線距離で報告してもかまいませんが、通常の着岸(着桟)操船局面では、障害物までの船首尾方向、正横方向の残距離が重要となるので、船体の横方向への距離を「横距離メーター」、縦方向への距離を「縦距離メーター」と報告します。
「気がいかん」
これも船乗り用語なのでしょうか?「気がいかん」と昔の船員さんはしばしば口にしました。意味は「満足できない」「十分でない」「充実感がない」という意味です。「・・・これぐらいの修理では気がいかんなあ。」「少し温度は上がったけど、これぐらいでは気がいかんなあ。」といった使い方です。
「やりくった」
船員が良く使う言葉です。「やりくり上手」は誉め言葉ですが、「やりくった」は否定的な意味で使います。例えば、「やりくった道具」と言えば、その意味は「お粗末な道具」「その場しのぎの道具」です。「やりくった船員」と言えば、「レベルの低い船員」という意味になります。
「上屋」
倉庫と同じような建物ですが、機能的には荷さばきや一時保管を目的としたもので、長期間保存を目的とする倉庫と区別されています。上屋(うわや)の語源は英語のWarehouse(ウェアハウス)が訛って「うわや」となったものです。
ここからは、船乗り用語ではありませんが、船の仕事でよく使用されている用語を紹介します。
「逆洗」
「逆洗(ぎゃくせん)」とは、逆流洗浄の略で、英語では「Back Washing」です。例えば、機器のストレーナーは常に一定方向へ流れているので、時間が経つと目詰まりしてきます。そのため、ストレーナーを取り出して、高圧空気や高圧水でストレーナーを洗浄するのが一般的な方法です。しかし、逆流洗浄というもっと便利な方法があるのです。バルブを切り替えることによって通常の流れと逆方向へ流れを替え、ストレーナーに詰まったゴミを逆方向へ洗い流してしまうのです。甲板部が扱う機器ではあまり「逆洗」することはないかも知れませんが、機関室の機器の中には逆洗する機器が少なからずあります。
「液封」
LNG船の乗組員なら誰でも知っている言葉「液封(えきふう)」。ガス(気体)がパイプラインに閉じ込められて温度上昇により膨張してもパイプラインの中で気体容積は変わらず、圧力が上昇するだけです。ところがパイプラインの中が全て液体になった液封状態となると、温度上昇によって液体体積が膨張し、パイプラインの破損に至ります。従って、LNG船やLPG船では大事故の可能性のある「液封」は厳禁です。圧力の急激な上昇により液封状態であることに気が付けば、直ちに液体を少しでも抜いて減圧する必要があります。
「リュウベ (立米)」
土木や建築業界、そして船でも体積の単位「㎥(立方メートル)」を「リュウベ」と呼びます。なぜ「立方メートル」のことをリュウベと呼ぶのでしょうか?面積の単位の「ヘイベイ(平米)」は良く耳にするはずです。これはメートルを「米」という漢字で表し、平方メートルを「平方米」と書き、その「方」を略して「ヘイベイ(平米)」と呼ぶようになりました。それと同じように立方メートルを「立方米」と書き、それを略して「リュウベ(立米)」と呼ぶようになったのです。
「アジロ外装」
電線の外装で以下の参考サイトにあるような模様になったものをアジロ外装と呼びます。アジロとは竹や木の皮を薄く剥いで縦横斜めに編んだもので、テレビのアンテナ接続線の同軸ケーブルにも使用されており、外側の覆いがアジロ外装です。わざわざアジロ外装を使用する目的は強度を高めることの他にネズミにかじられないようにするためでもあります。船では油圧ラインのフレキシブルホースにも使用されています。
「じゃむ」
パンにつけるジャムのことではありません。係留索やワイヤーが絡んで動かなくなった状態のことを「じゃむ」「じゃんでる」と言います。英語の「jam」から派生した言葉で、プリンター用紙が詰まることも「じゃむ」と言いますが、船にはたくさんのロープや機械があるので、それらが「じゃむ」ことも珍しくありません。
「片締め」「増し締め」
パイプフランジを接続するときに取り付けたボルトナットの締め付け圧力が偏ってしまうと、内部を流れるカーゴやFOの圧力が高くなったときに漏洩が始まります。いわゆるフランジの片締めによる漏洩です。正規の締め方はガスケットとフランジフェースが均等の力で締め付けられるように数字の順番に従って対角線に締めていくべきです。しかし、甲板部作業員はやり易い、片側から順番に一周ぐるっとボルトナットを締め付けてしまうことが往々にしてあります。この場合、結果として液漏洩という痛いしっぺ返しを受けるのです。
ボルトにナットを取り付けて締めつけるという作業はボルトを伸ばす方向に引っ張っていることと同等で、その反発力も生じています。従ってLNG船、LPG船のようにカーゴの液温によって100度以上の温度変化がある場合、ボルトやフランジの伸び縮みが激しく、ボルトを緩めたり締めたりしていることと同じ現象が発生しているのです。
緩み防止対策としてダブルナットや回り止めが有効です。特に揚荷前、積荷前のArm Cool Down時にはLoading Armを接続しているボルトが急激に縮んで、ボルトを緩める方向の力が作用します。そのため、Arm Cool Down中にガスや液の漏洩が発生する可能性が高く、対策としてArm Cool Down中に「増し締め」を行います。
「凹損」「曲損」
「凹損」の読み方は「くぼそん」又は「おうそん」で、英語ではDent Damageです。いわゆるタグで強く押された外板のえくぼのような凹みが凹損(Dent Damage)です。これとほぼ同意語として曲損(Bent Damage)があります。こちらは構造物等が湾曲した状態の損傷です。
船乗り用語ではありませんが、意外と外国人航海士が知らないのが「Slamming」です。フィリピン人やインドネシア人の航海士に「スラミング(Slamming)」とは?と問いかけても殆どの航海士が知りませんでした。私達日本人は学校で操船か運用の授業でスラミング現象について習っているので、概略はだれでも理解しており、向かい波により船底部が衝撃を受けることです。
一方、「レーシング(Racing)」は多くの外国人航海士も知っていました。プロペラの空転現象のことです。大時化の場合は船首のスラミングと船尾のレーシングに気をつける必要があります。例えば、荒天時のバラスト漲替え作業は要注意です。LNG船ではLoading ManualにSlammingによる損傷を防止するために荒天時の最小喫水が記載されています。規定されている喫水より船首を浅くするとSlamming現象によって船首構造物が損傷する可能性があるのです。従って、荒天時にはバラストの漲替え作業を中止せざるを得ない場合もあることを頭に入れておきましょう。