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風景の変化

安達 直安達 直

還暦を機に、櫓櫂舟から巨大船までを操ることに恵まれた海技者として、また、その海技力を礎にした船舶管理者として、海運が急成長した時代を生きて心に残った経験や持論を纏めておきたい。これが、島国に住みながら何故か海洋と船舶に心の底から馴染めないのか、それらを文化基盤と成し得ていない日本人への水先案内になればと思っている。海や船に関わっている人か否かを問わず、それらの素養として読んでもらいたい。

風景

日本の主要港湾の玄関である浦賀・伊良湖・紀伊・豊後の各水道に入ると、巨大船の表示として法定の灯火(緑色閃光灯)と形象物(黒色円筒形を2連掲)の掲揚が義務付けられている。夜明けに合わせて、そこへ入航する緑色閃光船が集まり、ざっと10隻程の巨大コンテナ船が出走前のサラブレッドのように鼻息こそ立てないが大馬力エンジンを蠢かせる。夜が白むに連れ、独特の直線的なシルエットが不気味な威圧感を持って浮かび上がる。やがて朝陽に煙突や船体が色彩化されると船社や船名が判り、あいつとは何処の港で一緒だった、航海途中で出会ったとか馴染みの船も多い。これらの殆どが水先人乗船地点への到着を夜間の料金割増が終わる日出時刻に合わせている。出鼻の差で早着順に水先人を乗せ、縦列で湾内へと進入し所定の荷役バース岸壁に向かう。大半が4,000TEU(20フィートコンテナ換算)超クラスであり、これらが本邦主要港にて荷役を完了し日暮れ迄には出帆するのだから、我が国の消費や生産の凄さが漠然と納得できる。この船舶輸送システムを途絶えさせず安全に保つ為、海上輸送関係者は昼夜を問わず業務を遂行している。数時間の停泊で荷役を終え手仕舞いを迅速に完了すると係船索が放たれ、雲霞のように薄暮の港外に消え去ってしまうがその光景に別れの哀愁など感じる暇は無い。水先人を降ろし全速で次港を目指す頃にはすっかり陽は落ち、行き交う船舶と漁船の多い日本沿海の夜間航海に備えて船橋には一段と緊張感が高まる。

こうして、巨大コンテナ船は、一次産品の原材料等を国内へ、それを加工した二次産品の工業製品を国外へと海上輸送するインフラの主役なってきた。益々、スケールメリットを追求して交易の増進を図るべく寄港地をHUB:ハブ港と呼ばれる主要拠点に留めて、そこから各地の港へは小型船でのフィーダーサービスで結んでいる。東アジアのシンガポール・香港・上海・釜山や欧州中東のアムステルダム・ハンブルグ・ドバイが世界のトップテンのコンテナ港に進出している。これらのハブ港は大陸内部との大量物流に便利であり、海外交易の拠点としても適した立地条件を有している。世界的に物流が発展している今日、嘗ての一国的なサイズでの港湾拠点は最早ハブ港に成り得ず、1995年と2011年の大震災の影響もあって神戸や横浜等の本邦主要港は世界の20位にも入らなくなってしまった。

人工の造形物

巨大船の海上を疾走する姿は動的な優美さを印象付けるが、海上や港湾の構造物が巨大化すれば船舶運航者の目を引く物標となり、時には海上からならではの景観を満喫できる。殺伐とした単なる角形や棒状タワーの巨大物体であっては面白くないので、大きな臨海スペースを活用した意味合いのある風景を構築して欲しいものだ。その構造物の中身を充実させるのみならず外部、特に全貌を捉える事の出来る海上から観ても一目を置くようなオブジェを望みたい。コンテナ船で東京湾航行中、正にそれを発見した時には「これだ!」と叫んだ。

「風の塔」
スループ型ヨット?

先ずは「海ほたる」に繋がる東京湾横断道路の橋梁部と、その海底トンネル部の換気塔「風の塔」である。前者は木更津辺りで天から地に降りてうねりながら海を渡る竜に観える。「海ほたる」と名付けられてしまった竜頭が、眼前の「水晶球」に似せた「風の塔」に齧り付こうと肉薄している。何故「海ほたる」などと名付けたのか!これらは「竜神と水晶球の伝説」を物語る壮大な傑作だ。詳しく観るとゴツゴツとして角や髭も有り、夜には赤や紫色の照明で演出される容貌は竜頭そのものである。一方「風の塔」は海底トンネル部の換気塔であり、先端を斜めに切った直径20-30m程の大小且つ高低差のある円筒2本が背中合わせに立てられている。それらは大筒90mの切開部を木更津側、小筒75mの方は川崎側に向けて、両筒とも木更津側に12度傾けられ、直径100m程の円形人工島の中央に据えられている。色彩は海上浮標式に類する孤立障害立標:海上で孤立する障害物の上に立てる灯台と同じく黒と白の横縞としている。

「海ほたる」
竜の頭?

これだけの造作だが全周からの眺めは刻々と変化する巨大ヨットの帆走様態を端的に現し、竜頭の目には卵形ながら水晶球と映る。以前から橋梁等には背景と調和させた建築様式が見られるが、これらは自然環境の中で絵巻風にストーリーを物語る超巨大建築群として世界に類を見ない最高の傑作と感心する。後日、この総合監修者は平山郁夫画伯と判ったが、氏のライフワークがシルクロードであった事からも壮大な中国古典からのイメージを具現されたものと確信する。ご本人は、そんなことはおくびにも出されてない所が奥ゆかしく、真に芸術の大家である。「海ほたる」は日本夜景遺産にも認定されている。是非昼夜を問わず、海上を移動しながらこのメルヘンを味わってほしい。

東京湾横断道路の橋梁部
木更津~「海ホタル」へ延びる

他には「船の科学館」その名の通り多くの海事資料を展示する建物であり、外観も超巨大船になっている。大井コンテナ埠頭に向かう時、一瞬、付近に大きな船が居ると錯覚する自分を船長として恥ずかしくさせるほどのリアルな威容を誇っている。

天然の造形物

日本を代表する景観の富士山があり、遥か海上からは波間に浮かぶ孤高の霊峰に観える。葛飾北斎の富岳三十六景にある「神奈川沖浪裏」には、激浪の彼方に毅然と浮かぶ富士山が波上をスリリングに走る船と対照的に描かれている。

※写真はイメージ

舟上での視点は海面から約0mとして、富士山頂(海抜3,776m)の観える限界距離:\(D=2.083\left( \sqrt {0}+\sqrt {3,776}\right)=128浬=237km\)となる。因って木更津から富士山頂までの直線距離は約130kmだから富士山の海抜1100m以上の部分が見える筈であり、その通りに波間の富士山は中腹以上が描かれている。巨大船の船橋からは、\(D=2.083\left( \sqrt {40}+\sqrt {3,776}\right)=141浬=260km\)となり、視界が清澄ならば富士山から約200km離れた三宅島付近の洋上から山頂を拝む事ができる。現に伊豆諸島を見ながら航海していると妙な山が水平線上に現われ、蜃気楼かと思いきや秀峰富士山と判る。比較的海に近く連峰の一頂点ではなく孤高であるが故に、波上での絶景を醸し洋上遥かまで日本を知らしめている。空から訪れる航空操縦士も、雲海に一際突き出した他ならぬ威容を視認しているだろう。正に日本のランドマーク:フジヤマたる所以だ。

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