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咄嗟の非常事態に対応できるか否かは、経験の差がでます

現場にいる人間が現場を最も熟知しており、いざと言うときに最も迅速かつ適切な対応を取ることができるという話です。

あの福島原発事故が発生した当初、冷却が十分にできずに炉内温度が臨界点を超えるかも知れないという状態で、現場は炉内への海水注入による冷却を必死で試んでいました。当時、首相官邸は海水を注入することにより炉内が再臨界する可能性があることを指摘し、それに配慮した東電本社は海水注入を中断するよう現場の所長に指示しました。しかし、事態がさらに悪化して取り返しのつかない事になると判断した所長は独断で、本社指示に逆らって海水注入を止めずに継続していたのです。指揮命令系統を無視した問題ある行動と言う人もいましたが、事故調査委員会は当時の所長の判断は正しかったと評価しています。まさに、現場の人間のみが現場の切迫した危険を肌で感じ、迅速な対応策を講じることができるという証です。

船という現場でも非常時こそ、航海士の腕の見せ所です。ある船で出港S/B作業を開始したところ、船尾の係船機の油圧モーター2台のうち1台が起動できないトラブルが発生しました。1台の油圧モーターが動かなければ、数本の係船索をレッコすることができません。皆さんはこんなときどうしますか?機関部に連絡して機関士に点検してもらいますが、出港S/Bでは機関士の到着を待つほどの時間的余裕がありません。係船機トラブルにより出港が遅れるかも知れません。私達航海士にも確認すべき事項、取るべき対応処置がいくつもあります。操舵機室入口にあるEmergency Stopボタンを押したままにしていませんか?ちゃんとリセットされていますか?作動油温度が上昇してOver Heatしていませんか?

トラブルのあらゆる可能性を考え、そして、最終的に機器の故障であると判断したなら、すぐに機関士を呼んで見てもらいましょう。機関士に見てもらっても復旧しない場合、航海士が応急的に対処できる技があります。それは油圧ラインを切り替えて、異常のない油圧モーターを使用して係船機を動かすことです。油圧ラインの何個かの三方弁を切り替えて油の流れる方向を使用したいウィンチドラム側へ流れるようラインを作れば良いのです。もちろんこれは油圧ラインが共通になっているシステムのみに通用する手段です。

このEmergency Operationが咄嗟にできる航海士とできない航海士の差は何でしょうか?やはり経験の差であり、現場力です。過去にウィンチが故障して油圧ラインの切り替えを自ら経験したり、見聞きして知っている人なら、咄嗟にそのオペレーション方法が頭に浮かび、試みようとするはずです。残念ながら経験の浅い航海士ではまず、このEmergency Operationの発想が浮かびません。

油圧ラインの三方弁を切り替えたことがないからです。三方弁があることさえ知らないかも知れません。経験にも知識にも無いので、油圧ラインを切り替えて使用するという発想が生まれません。やはり経験の差がこのようなところで明確に出てしまいます。経験の差を埋めるためにOJTにより経験豊富な先輩から教えてもらうことが重要です。そして、機械は故障するもの、もし故障したら自分はどのように対応するかを常にシミュレーション、イメージしておくことです。

ある機器に不具合が発生したとき、パーツを振り替えて見るというのは不具合箇所を特定するための常とう手段です。ある機械のどの部分が壊れているかが不明なときには、壊れたパーツを特定するために「振り替え」を試みるのです。不具合がありそうなパーツを正常に作動している機器の同じパーツと取り替えて、不具合が移れば、そのパーツが壊れていることが判ります。もし不具合が移らなければ、交換したパーツ以外の部分のどこかが壊れていると判断します。このパーツの「振り替え」はどの部分が悪いかを判定するためによく使われる手段です。 

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