トラブル発生には必ず原因やきっかけがあります。その『トラブルの発生原因』の話です。
多くのトラブルは、計画した手順から逸脱していつもと違う流れに変更したり、いつもと違うメンバーで作業を行ったときに発生します。いくつかの例を紹介します。Crane操作時の事故です。甲板部のABが船尾にあるProvision Craneの準備をしようとしたところ、Jibのラッシングワイヤーを外さずにJibを動かしました。
その結果、ラッシングワイヤーが切断し、Jibがその反動で急激に動いたため、付近のHandrailに衝突してHandrailが局損しました。普通、ラッシングワイヤーが取り付けてあれば、当たり前ですが、誰でもそれを外してからCraneを動かすはずです。ところがこのときは、ボースンが交代したばかりで、いつもと異なるクレーン準備手順となったのです。
通常なら入港前に甲板部が入港準備作業としてクレーンのラッシングワイヤーを事前に外すことになっています。しかし、このときはボースンが交代したばかりだったため、うっかりラッシングワイヤーを外すのを忘れていたのです。Craneを操作するABは、いつも通りラッシングワイヤーは外れているものという先入観があり、ラッシングワイヤーの状態を確認せずにクレーンを操作してしまいました。
やはり乗組員が交代したときには要注意です。引継が巧くされていない場合もあります。また、乗組員によって自分のやり方、慣れたやり方というものを持っていて、結果として作業手順が通常と異なる場合もあります。前の船はこうだったからといって、前の船のやり方を本船でも当てはめることが多々あります。皆さんも前の船のやり方で行い、実は本船では違っていたという経験をしたことがあるはずです。そして、これからもときどき経験することでしょう。しかし、前の船のやり方が全て通じるわけではないことを十分認識して下さい。
「前の船では・・・のようにしている」とか「本船では前から・・・している」という言葉を誰もが多く使います。でも良く考えて下さい。前の船の行いが全て完璧に正解なのでしょうか?本船の前からのやり方に問題はまったくないのでしょうか?そんなはずはありません。ですから、誰か身近の人が「前の船では・・・」「本船では前から・・・」という言葉で始まる発言をしたら要注意です。
前の船で行われたていたことが本当に正しいのか、あるいはどこかに不具合がないのか、効率の悪いことをしていないかと十分に確認してください。本船の今までのやり方に問題はないのかと疑ってかかるぐらいで丁度です。とにかく、「前の船では・・・」「本船では前から・・・」という言葉に気をつけることです。もちろん「前の船では・・・」「本船では前から・・・」という慣例が非常に参考になることも事実です。しかし、しつこいようですが、「前から」という言葉に騙されてはいけません。
こんなこともありました。Provision CraneのLimit Switchの修理作業を3/Eが実施したときのことです。甲板部が立ち会わずに3/E自身がCraneを操作したのですが、操作に慣れていなかったのでしょう。操作を誤り、Jibを付近のハンドレールへ当ててしまい、曲損しました。やはり、通常通り、操作に慣れた甲板部員が立ち会ってクレーン操作をすべきでした。また、ある船ではAir駆動式のCraneのLimit Switchが故障しており、Limitで止まるはずのCraneが止まらず、損傷するという事故がありました。クレーン操作時には常に非常停止方法を熟知し、いざと言うときは直ぐにクレーンを停止できる手順を知っていなければいけません。
いつもと違うことをして、トラブルが発生した例をもう一つ紹介しましょう。
入港準備中に、Tail RopeがWarping DrumとMooring Wire Drumの間に挟まりTail Ropeに損傷が生じました。入港S/B中に乗組員がTail Ropeを海面上1mまで垂らそうとしたところ、Mooring WinchのBrakeが締まっておらず、係留索の重さで走り出しました。あわててBrakeを締めて、Clutchを入れて、巻き揚げようとしたところ、もう片方のDrumのClutchが入ったままであった為、そのDrumのTail Ropeが踊ってはねてWire DrumとWarping Drumの間に巻き込まれてしまい、結果的にTail Ropeが損傷したのです。
この事故の直接原因は、入港前日作業としてTail Ropeを甲板上へ準備する際にMooring Brakeを締め忘れたことと、DrumのClutchを切り忘れていたことが重なったためです。ブレーキの閉め忘れとクラッチの切り忘れです。ではなぜ、このようなミスが重なったのでしょうか?
ミスを生じさせる背景が確かにありました。その前の航海中にシャックルの向きが間違っていることに気付いたので、入港前日に甲板部がシャックルを付け替える作業を行いました。その取替え作業を係船索を甲板上に準備する作業と一緒に行ったことがミスを誘発する原因でした。
通常手順と異なる作業となったのです。通常は係船索を甲板上に出して並べるだけの作業ですが、一本一本シャックルを取外して向きを変える作業が加わったのです。そのためシャックルを付け替える作業に気を取られてBrakeやClutchの操作手順を誤り、最終確認をしなかったのです。
おそらくシャックルの付け替え作業と係船索準備作業を別々の日に行っていれば、この事故は発生しなかったと思います。兎に角いつもと異なる手順で作業するときが、要注意です。いつもよりも間違いなく事故が起こりやすい状態となっているのです。
ルーティーン化されている作業は、マニュアル・手順通りにやれば、それほどトラブルにつながることもありません。しかし、入出港作業時や荷役作業時に突然、計画にない作業を行うときに、何かが起こるのです。例えば、航海中に発生した「LNG船の錨鎖走出事故」では、大洋航海中にWindlassの油圧ブレーキのテストを行い、これが大事故のきっかけになってしまいました。入港S/Bでもない大洋航海中にWindlassのブレーキを緩めることは、年に1回も行わない変則的な作業です。いつもと違う作業を行ったのです。ここに普段は気が付かない危険が潜んでいます。
もう一つ大事故の例を挙げると、積荷役作業中のバラストライン破損事故です。積荷役中にウォーターハンマー現象でバラスト枝管がちぎれて吹っ飛ぶという大事故です。このときもバラスト排出中に、トリム調整のためにバラストを漲水するという普通は行わない作業を行ったために発生しました。普通のオペレーションでは積荷中にエダクターで空になったバラストラインに再び注水することはありません。
この重大事故2例を見てもわかるように、ルーティーンでない作業時に重大事故が発生しています。皆さんも、「これは通常の作業ではないなぁ。」と思ったら要注意です。急に計画を変更して慣れない作業をするときこそ危険大です。今一度、手順の再確認や危険がどこかに潜んでいるはずだという慎重な気持ちで作業を進めて下さい。