『カーゴポンプの異常現象』の話です。
「キャビテーション」という言葉を聞いたことがありますか?タンカー荷役の経験ある人には馴染みある言葉、「キャビテーション」。英語では「Cavitation」日本語では「空洞現象」です。ポンプのバキュームがきつくなってくると、カフジ原油のように飽和蒸気圧の高い原油はキャビテーションを起こして揚荷ができなくなります。
まだ、カーゴタンクに1m以上のレベルがあってもポンプが空回り状態となり、原油の払い出しができません。キャビテーション発生のメカニズムは、高速回転するインペラーの先端部の圧力が急激に低下し、原油の飽和蒸気圧よりも低くなり、原油内に気泡が発生するため、異常音、異常振動を伴ってインペラーが空回り状態となります。揚荷ができないだけでなく、長時間のキャビテーションはインペラー表面を侵食してぼろぼろにする可能性があります。キャビテーションを起こさずにポンプを使用するためには、原油の飽和蒸気圧よりも高い圧力を維持する必要があるということです。
昔、タンカーに乗っていたときに、この飽和蒸気圧で苦労した経験があります。マレーシアのビンツルでコンデンセートを積んで、シンガポールで揚げました。「コンデンセート」とは原油とともに噴出するガスを冷却して液状に戻したもの、いわゆる天然ガソリンです。ですから見た目は透明で原油とは大違いです。このコンデンセートの揚荷役が終盤となり各カーゴタンクーのレベルが1mちょっとぐらいのところで、液レベルの変化がまったくなくなりました。
通常の原油だと楽勝で揚荷できるレベルにもかかわらず、ポンプが空回りして揚荷ができません。デリベリーバルブを絞ったり、ポンプ回転数を調整して何とか揚荷を続行しようと努力しましたが、改善されません。カーゴを揚げ残すとチャータラーからクレームがきて大問題になるのではと必死でしたが、ターミナル関係者は平然と「もうOK、揚荷役を終了しましょう。よくあることです。問題ありません。」と言います。飽和蒸気圧が高い貨物の揚荷役が続行不可となり、貨物の大量の揚げ残しが生じたという貴重な経験です。
ときどき、若い航海士にポンプ操作について質問します。「バラスト水をポンプで排出しているとき、バラストの残量が少なくなって、レベルが低くなり徐々に吸入圧のバキュームがきつくなる場合、ポンプを楽にしてエアーを吸わせないようにするためにDischarge Valveを開方向?閉方向?のどちらへ操作するか?そのときポンプの吐出圧や電流値は増えるか?減るか?」この質問に的確に答えられる若い航海士は少ないようです。特に原油タンカーに乗船したことがなく、ポンプ操作の経験が少ない人には難しい質問かも知れません。外国人航海士は全滅です。この操作がまさにキャビテーション防止対策に必要なポンプ操作です。
最近のタンカーではCOCが居住区の上階の位置にあるため、ポンプの音・振動が全く聞こえません。Upper DeckにCOCがあった昔の船ではカーゴポンプがキャビテーションを起こしてバリバリ音がしたり、Vaporをかんでウンウンとうなり始めたら直ぐに気付くことができました。圧力ゲージを見て異常に気が付くよりも先に異音で気が付いたものです。
今頃のタンカーでは甲板上を見回りしている人から、「COC、ポンプの音が異常ですよ。」との報告でもない限り、すぐには異常に気が付かないのではないでしょうか。そういう意味でもCOCの圧力ゲージがより一層重要となるのです。聴覚による情報がない分、少しの異常も見逃さないよう圧力ゲージ類の監視に集中してポンプが今どんな状態にあるのかを常に読み取る必要があります。
キャビテーションはカーゴポンプだけでの現象ではありません。船のプロペラでも発生する現象です。プロペラでキャビテーションが発生すると推進効率が低下し、翼表面がぼろぼろになってしまいます。ちなみに化学的な腐食をコロージョン(Corrosion)と呼ぶのに対して、この物理的な作用による浸食のことをエロージョン(壊食/Erosion)と呼びます。航海士にとってはCorrosionもErosionも立ち向かうべき強敵です。