目に見みえず、触るとビリビリくる電気が苦手という航海士も多いはず、そんな『電気』の話です。
船内にある多くの機器で莫大な量の電気が消費されているため、その電気を賄うために船内には大きな発電機が何台も装備されています。当然、機関士の重要な職務の一つに電気を取り扱う作業があり、一度や二度は手に痛みを感じるほどの感電を経験していることでしょう。一方、航海士といえども電気を扱う仕事に無縁というわけではなく、航海機器、甲板機器、荷役機器等にかかわる電気的知識も必要です。
ある機関士に聞いた話では、感電によって手に持ったスパナーが引っ付いて手から離れなくなり、ヒヤッとすることもあるそうです。強い電気に触れると腕や手の筋肉が収縮して手が握った形で硬直するので、電気に触れるときには手の甲で触れるというのが常識です。また、左手で触ると心臓に電流が走る可能性が高くなるので、電気は右手で触ります。さらに指輪も左手にしていると危険と言われています。幸い船員が感電死したという事故を聞いたことがありませんが、命にかかわる危険があるので、ほんとうに要注意です。
よく言われるように感電事故は電圧よりも電流の大きさによって人体への影響度が決まります。極端な話では、何万ボルトの高電圧であってもその電流が微弱な低電流であれば死に至ることはありません。逆に弱い電圧であってもそれが大容量の電流の場合は、死に至る大事故となる危険性があるのです。そして電流が体のどの部位を流れるかが問題です。手で触れた高電流が心臓を通過するように感電するのが最も危険で、命にかかわります。
通常の電気以外に静電気も場合によっては非常に危険です。あまり意識したことがない人が多いかも知れませんが、危険物積載船には必ず静電気除去板が居住区出入口に設置されています。居住区から危険区域である甲板上に出る前に体の静電気を除去するために手のひらをこの板に触れます。面倒でも是非、軽く手を当てる習慣を身につけましょう。
陸上のガソリンスタンドで使用されている静電気除去板はノンスパークタイプですが、船によってはただの鉄板が用意されており、スパークする可能性があります。そのため、危険物積載船では静電気除去板付近にガス検知器が設置されており、常に爆発性ガスがないことを監視しています。逆に言えば、ガス検知器がない場所の静電気除去板はノンスパークタイプでなければ危険です。
ある船で安全靴について問題となったことがあります。その船はLNG船で、乗組員はサハリンの極寒の地で荷役作業や舷門当直を行います。真冬の夜間の外気温度は-10度以下となります。ここまで寒くなると完全防備でも足元から寒さが伝わり、足がしびれて耐えることができません。体や頭は外国製の優れ物の上下防寒服を着用するので、何とか寒さに耐えることができますが、足元が通常の防寒仕様の日本製安全靴では、寒さに耐えることができません。そこで会社へもっと防寒性能に優れた外国製防寒靴を支給するよう依頼しましたが、返事は「No」です。理由は静電防止仕様の防寒性能に優れた防寒靴が市販されていないからです。市販されていれば簡単に手に入るでしょうが、残念ながら静電防止仕様の防寒靴の販売数が少ないため、入手困難です。
また、別の船で問題になった話ですが、あるときフィリピン人が履いている安全靴を何気なく見ると、静電防止仕様とどこにも書かれていません。私達日本人が履いている安全靴には帯電防止安全靴(静電気帯電防止靴)と靴の中に明記されています。そこでフィリピンの事務所に「フィリピンクルーに支給している安全靴は静電防止仕様なのか?」と確認すると、急遽どこかで発行したような明らかにあやしい証明書が送られてきました。それでも一応証明書ですから信用するしかありませんでした。