最近では違和感が無くなった人も多いかも知れません。事故防止対策の有効な手段であると考えられて船にも導入されて久しい『リスクアセスメント』の話です。
事故防止の話をするときに必ず問題となるのは、原因を徹底的に突き止めるために犯人探しをし始めることです。犯人探しを始めると誰も正直に事故にかかわる事実を話してくれません。こちらは別に犯人を捕まえて懲らしめよう、処罰しようというつもりがなくても、相手は威圧されたと感じ、殆どの人が保身のために黙ったり、嘘の証言をしたり自己弁護します。そうなると事故の本質は見えなくなり、藪の中に入ったまま私達の前には出てきません。
事故が発生した後、事故処理が終了すれば、残る最重要課題は再発防止なのですが、本質である事故の真実・詳細が明らかにされないと適切な再発防止策を取ることができません。ですから事故が発生した場合、真相を追及する立場の会社は個人に対する叱責や処罰という「責任追及」を主目的にしてはいけません。あくまでも「原因究明」のために幅広く関係者から事情を聴取し、できる限り多くの詳細な客観的事実を収集しなければいけません。
これを「非個人非難文化(No Blame Culture)」と呼びます。欧米ではこの思想が早くから浸透しているようですが、日本を含めたアジア諸国ではまだまだ違和感があるのではないでしょうか。但し、このNo Blame Cultureを逆手にとって、正直に話したからNo Blameでどんなことをしても罰せられないと安易に考えてはいけません。そこに明らかな重大過失やひどい怠慢がある場合には、公正に判断が下され、必要あれば処罰の対象にもなります。
最近、船舶管理会社で導入されているリスクアセスメント(Risk Assessment)、これは作業に潜在する「危険」を作業員自らが可能な限りたくさん抽出し、それらの「危険」を事前に組織的に排除するための手法です。「予防安全」の最先端にリスクアセスメントという手法があると言えます。私達船員にとってはリスクアセスメントによって書類作業が膨大に増えて、うんざりするところもありますが、単なる形式だけで終わらせるのではなく、我が身を守るための道具として実際に有効に機能するよう、前向きにリスクアセスメントに取り組まなければいけません。
リスクアセスメントの考え方は、「事故を発生させる要因」とそれによる「事故が発生した結果」をすべて抽出し、「要因」と「結果」の間にある沢山の要素を排除、改善するようにして、それらが結びついてしまって最悪の事態とならないよう検証を行うのです。言い換えれば不具合の五目を並ばせないようにしなければいけません。
では従来から私達に親しみのあった「KYT」と「リスクアセスメント」の違いは何でしょうか?簡単に言えば、リスクアセスメントはKYTより体系的かつ詳細、広範囲に事故を分析し、事故原因の本質を見極めて事故を防止します。KYTはいわば単発的な危険予知予防です。
KYTは可能な限り危険が潜むポイントをリストアップして、実行可能な対策に取り組みます。一方、リスクアセスメントは危険度を「頻度」と「その結果の重大さ」をMatrixで分類し、頻度が高く、かつ重大な危険から優先的に優先順位をつけて系統立てて事故予防対策を講じます。そのため、めったに起こらない事故や起こっても軽微である事故は放置・犠牲にすることもあります。ですからKYTよりリスクアセスメントの方が、明らかに事故防止には効率的です。私も二日間の研修を受講し、やっとリスクアセスメントの概略を理解したところです。