船にうっかり置きっ放しにされた『忘れ物』の話です。
この話は私が入社する前に起こった出来事なので、もう30年以上前の話になります。ある船で一緒に乗船していたC/Oが経験した信じられない出来事です。陸上作業員が船に「ある物」を忘れて帰ったそうです。C/Oがおもしろおかしく、当時3/Oであった私にお酒の席で何度も何度もその様子を詳細に語っていましたので、間違いなく本当にあった話です。陸上作業員が忘れていった物とは、なんと「ブルドーザー」です。
ある石炭船が日本の港で揚荷役を終了し、次のオーストラリア積地向け無事に出港しました。すると代理店から電話(当時なら電報かも知れません。)が船にありました。連絡の内容は「本船のカーゴホールドにブルドーザーが1台残っていませんか?」というものでした。
石炭の揚荷役ではUnloader(バケツ)を船倉(ホールド)に入れ、石炭をバケツで掴んでホールドから陸上ホッパーに石炭を移動させます。ホッパーに入った石炭はベルトコンベアーに落ちて、ベルトの上を遠い陸上の集積場まで移動します。船のホールドの入口幅は狭いため、ホールド中央付近にしかバケツを下ろすことができないため、ホールドの端部にはバケツが届きません。そこで石炭を中央付近にかき集めるためにブルドーザーが活躍するのです。
ブルドーザーを各ホールドに入れて石炭を中央に集めるのです。もちろんブルドーザーは作業が終われば、陸上クレーンで引き揚げて岸壁に降ろします。そのブルドーザーを陸上に揚げるのを忘れて、ホールドに残したまま出港したのではないかというのです。本船が出港後、陸上ではブルドーザーが1台、足らないことがわかり、さぞやあわてたことでしょう。あれだけの大きな物ですから盗難にあったとも考えられず、船に置き忘れたという結論になったのでしょう。
陸上から連絡を受けた本船乗組員はまさかと思いながら、ホールドのハッチカバーを開けてビックリ、なんとホールド内にブルドーザー1台が残されているではありませんか。スコップやハンマーの忘れ物ならいざしらず、ブルドーザーを陸揚げするのを忘れて出港するなんて普通では考えられません。当時はよほどのんびりした時代だったのでしょうか。
陸上側担当者や船側担当者が責任を持ってカーゴホールド内を最終点検する手順になっていれば、きちんと確認されて、そんなミスが発生するはずありません。この後オーストラリアで陸揚げしたのか、日本へ持ち帰って返却したのかは定かではありませんが、ご愛嬌では済まされないことです。まさかそんなことが起こり得るはずが無いと油断していると、思わぬところに落とし穴があり、想定外のミス・トラブルが発生するという例です。
また、別の忘れ物の話ですが、トランシーバー・バッテリーやショルダーバッグをターミナル関係者がMeeting Roomに忘れていたことがあります。荷役後会議が終了し、訪船者全員が下船したときには気が付かず、出港後になって初めて気が付きます。こういう場合はBay Pilotに託して着払いで代理店宛に送付します。そのBay Pilotもときには忘れ物をすることもあります。そのときは引き返すこともできないので、次航海の内地から代理店またはパイロット事務所へ郵送することになります。やはり、レストランと同じように訪船者やパイロットが下船するときには、必ず忘れ物がないかをチェックする習慣を付けましょう。