航海中の船内で乗組員が死亡するというショッキングな話です。
私が乗船していたある船で外国人の2nd Cookが死亡するという信じ難い事件がありました。もちろん病死であり、事件ではなく犯罪性は一切ありません。日本入港2日前だったと思いますが、私は1/Oとして朝の04‐08時の航海当直に入っていました。朝6時過ぎに船橋に突然電話が掛かってきました。こんなに朝早くに誰からの電話かなと思い、受話器を取るとChief Stewardからでした。
「1/O、大変です。2nd Cookが6時になっても起きてこないので部屋に行ってみると、床に倒れて冷たくなって呼吸をしていないみたい。ひょっとして死んでいるかも知れない。」と言うではありませんか。私もびっくりして訳がわかりません。まさかそんなことがあるはず無いと思いながらも、私は当直中のため直ぐに下へ降りられなかったので船長と衛生管理者の3/Oに電話で事情を説明し、3/Oに2nd Cookの部屋へ様子を見に行くように指示しました。
その時点では、まさかそんなことがあるはず無い、人がそんなに簡単に死ぬはずはないと半信半疑でしたが、しばらくして3/Oから電話があり、「やはり2nd Cookは死んでいます。」との報告でした。ブリッジの静寂の中で緊張感が高まります。船長は直ぐに会社等関係先に電話で状況を報告しました。本船の対応で重要なことは、「現場の状況保全」と犯罪性のないことを証明するために「各自の行動記録」を作成することです。まさにテレビドラマでよく見る「現場保存」と「アリバイ」です。まず、現場の物には手を触れず、現場の写真撮影を行いました。そして、乗組員全員に昨日から今朝までの行動を自己申告させて、行動記録にまとめました。また、会社からの許可を得て遺体をチャンバーへ移動させました。
遺体は日本入港後に会社が手配した専門業者が引き取りに来ることとなりました。業者は遺体に防腐措置を施し、母国へ送ります。(ちなみに遺体に防腐措置を施すことを英語でエンバーム”Embalm”と言います。)
日本へ入港後、直ぐに海上保安部の担当者数名と専門医が乗船し、船長はじめ数名の乗組員から事情聴取を行い、遺体の検査も実施しました。結局、死因は心不全ということになったと思います。当人が夜10時頃に部屋へ帰り、突然心不全となり、床に倒れて亡くなったと判断されました。
無事に遺体を陸揚げした後にも本船でやるべき重要な仕事が残されています。遺留品目録を作成し、当人の遺留品を次の港から自宅へ送付することです。このことは船員法施行規則第六条に規定されています。私が遺留品目録作成の担当者となり、他の乗組員と協力し遺留品目録を作成しました。当人の部屋の引き出しを開け、パンツ1枚から鉛筆1本まで、彼の全ての所有物品の種類と数量を記録しました。
参考
船員法施行規則(遺留品の処置)第六条e-Gov 電子政府の総合窓口
こんな経験も恐らく最初で最後となるでしょう。このような信じられない事件は決して歓迎するものではありませんが、重大な事件が発生したときは、上司の判断や行動をよく観察し、自分の経験として頭の片隅に入れて置いて下さい。きっと将来、同じような困難な状況に遭遇したときにその記憶が役立つはずです。