年と共に衰えていく力、『集中力』の話です。
タンカーやLNG船の揚荷/積荷の開始段階や最終段階では集中が途切れないように担当航海士は非常に緊張し、精神を集中して作業を行っています。一説によると人間が集中できる連続時間は30分間が限界だそうです。ですから作業員が緊張して集中しているときには可能な限り、外乱が入るのは避けなければいけません。
よく船長さんやターミナル関係者の方がCCR(Cargo Control Room)へひょこっと、やって来て不用意に質問や雑談を始める人がいますが、この行為は安全性を損なうことであり、やってはいけない行為なのです。用事のない外野は後ろで黙って作業が無事終わるのを見守っているべきです。入出港S/B時に手動操舵する操舵手の集中も30分が限界です。ですから入出港S/B時に操舵手がダブルで入直するのは当然のことです。操舵手の集中力が途切れる前に20、30分の適当な間隔で操舵を交代しなければ、操船の安全性が確保できません。
CCRで気がゆるみ過ぎで起こった失敗もあります。聞いた話ですが、タンカーでの揚荷役中にコーヒーカップを片手にバルブ操作を行おうとして、バランスを崩してコーヒーを操作パネルにこぼしてしまい、電気回路がショートしてしまいカーゴポンプがトリップしたことがあるそうです。うそのような本当の話です。危険は思わぬところに潜んでいるものです。いくら慣れて余裕があってもコーヒーを飲みながらのバルブ操作は絶対にやめましょう。
コーヒーと言えば、日本人がコーヒーを注ぐ量はコーヒーカップに7〜8割の分量が普通でしょう。日本人は「腹八分目」という言葉がある通り、八分目の文化、一歩控える文化です。コーヒーでもお味噌汁でもどんな料理もお椀に八分目の程よいレベルまで注ぎます。しかし、フィリピン人やインドネシア人にコーヒーを入れてもらうと、殆どの人がコーヒーカップからこぼれるほど、なみなみと注いでくれます。船がちょっと揺れているときには、こぼれてしまいます。
カップから溢れるほど入れるとせっかくのおいしいコーヒーもあまりおいしそうに見えません。たっぷりと入れることが相手へのサービス表現なのか、それとも食べ物が目の前にあるうちに出来るだけ食べてしまうという食文化がそうさせるのでしょうか。とにかく何でも多めに入れる、多めにそそぐ外国人が多いようです。
異文化と言えば、日本人にはない豪州人ののんびりした仕草をよく目にします。ある豪州の港での出港作業の風景です。本船はラインをレッコーするためにラインを海面近くまで緩めました。すると陸上の作業員が桟橋を遠くからゆっくり歩いて陸上ビットに向かいます。まったくあわてる素振りをみせません。陸上作業員二人でのんびりまるで散歩しているように歩いています。そしてようやくレッコーすると、次のラインへもゆっくりゆっくり歩いて行きます。これが日本人の場合、次々とラインをレッコーするのがわかっているので、少しは早足になり歩くスピードも自然と上がるはずです。しかし、豪州人の作業員はのんびり自分のペースで歩きます。皆さんはその光景を見ても決してイライラしてはいけません。これこそが異文化なのです。容認するでもなく、否定するでもなく、じっと黙って見守れば良いのです。1分や2分の遅れが船の命取りにならない限り、こちらも相手のペースに合わせるしかありません。ここでイライラして自分の血圧を上昇させ、精神に負担をかけてストレスを溜めるのは損ですし、無駄なことです。
そんな、絶対に走らない豪州人ラインマンを走らせた伝説の航海士がいました。出港作業で2本のブレストラインをレッコーするため同時に緩め始めたときのことです。そのうちの1本がドラムに咬み込んでしまい繰り出し方向が逆回転になってしまいました。当然、1台の係船機で2本のブレストラインの回転方向が逆になるので、どちらかのクラッチをOffにして1本ずつ操作する必要がありますが、そのときの航海士はABに上手く指示できず、1本のブレストラインが巻かれてテンションがかかりそうになりました。
それを見ていた豪州人ラインマン2名は驚き慌てて走って逃げました。非常に危険な操作です。さすがの豪州人ラインマンも危険が自身に迫ったときは走るのがわかりました。係留索2本を同時に操作しているときに1本が絡み込んでしまったら、慌てて直す必要はなく、クラッチを外して1本ずつ船上に巻き上げる作業まで終わらせ、咬み込みを直すのは出港後にゆっくり時間をかけて行えば良いのです。