船学の動画サイトがOPEN!

どうしても他船を入れたくない領域

他船との衝突を回避するための『避航操船』の話です。

皆さんは航行中に他船がどれぐらい自船に近づいたら圧迫感、緊張感を持つようになりますか?学術的に避航操船を論じるとき、自船の周囲に他船を侵入させない領域を「バンパーモデル」と定義して研究の検討要素にすることがあります。バンパー(Bumper)とは自動車の緩衝器のことですが、まさに衝突を避けるための緩衝地帯を自船の周囲に設定するのがバンパーモデルです。人は自分から数メートル離れた隣の席に他人がいると、圧迫感があり意識するようになると言います。船も同じで数マイル、数ケーブルの近距離に他船がいると衝突の危険性を感じるようになります。

例えば自船の船首方向に3マイル、正横方向に1マイルの卵形の領域に他船を入れないように航行すれば、他船との衝突の危険性をほとんど感じなくて済み、実際に衝突事故は発生しません。交通量が増えて輻輳した海域になってくると、必然的にバンパー領域を狭くせざるを得ません。さらに錨地でも同じように他船を侵入させない領域を想定して錨泊することとなります。広い港外の錨泊ならば、各船間の距離を1マイル程度は取ります。しかし、狭い港内で十分な領域が確保出来ない場合は3~4ケーブル間隔で錨泊せざるを得ません。このときに船長としては非常に他船の存在が気になり、常に走錨や船体の振れ回り運動が心配になります。

他船を避航する際にはバンパー領域に他船を入れないように操船をすることになります。そして船舶輻輳度の大小、視界、水深、地形、潮流等の違いによりバンパー領域の大きさも適宜変わります。

例えば、Master’s Standing Orderに「相手船を避航するとき、横切り船は2マイル、反航船は1マイル以上離すこと。」と規定しているのは、まさに航海士がバンパー領域の中へ他船を入れないように船長が指示しているのです。もちろん、船舶輻輳度や地形的制限により一時的にバンパー領域を小さくせざるを得ない場合もあります。

このバンパーモデルという考えの他に最近は「操船環境ストレスモデル」と呼ばれる操船の困難度を客観的数値で表現するモデルがあります。大洋航行中のように操船に何の制約もなく自由に航行できる場合は操船者には何の負担もなく、操船に困難さを感じません。しかし港内の場合は地形的制約や他船との複雑な見合い関係により操船者は大きな負担を課せられ、操船が困難となります。この操船困難度を数値に置き換えて、極めて安全を“0”、極めて危険を“1000”と定義して操船の難しさを評価するのが「操船環境ストレスモデル」です。

この評価指標が何に役立つかと言えば、操船の困難度を客観的に評価して関係者全員が同じ尺度で操船の困難度を知ることが可能になることです。今までは船長や航海士にしかわからなかった操船の困難度を第三者が客観的に評価することができます。つまり、船長が「この海域の操船はかなり難しい。」と曖昧に表現されても第三者にはどの程度難しいか判断できません。

それをストレスモデルに当てはめて数値化することで「A海域の操船の困難度は300、B海域の操船の困難度は600である。」と表現すれば、誰もがB海域がA海域より2倍難しいのだと、同じ認識でその困難さを理解することができるのです。堅苦しい話はこれぐらいにしますが、相手を入れさせない領域をモデル化した「バンパーモデル」、操船者にしか判らなかった曖昧な表現の「操船の困難さ」を誰もが共通認識できるように数値化した「操船環境ストレスモデル」という言葉ぐらいは覚えておいて下さい。

この記事が役に立ったら、お気に入りに登録できます。
お気に入り記事はマイページから確認できます。