何かと話のネタとして登場する『航海灯』の話です。
ドック作業は多忙を極め、終盤になると工期日程に追われてあわただしくドックを出港して、緊張感から解放され肩の力が抜けて一息ついていると、思わぬトラブルに見舞われることもあります。あるVLCCでドックを出港して3日後のことです。他船からVHFで本船が呼び出されました。何の用事かなと返事をすると、「貴船の右舷灯が点灯していませんよ。」と言うではありませんか。船橋の航海灯パネルで警報は鳴っていないし、球切れはしていません。おかしいなとおもいながら船橋ウィングに設置している右舷航海灯を見てびっくりです。
白色ペイントで緑色の右舷灯が真っ白に塗られているではありませんか。これでは右舷灯が他船から見えないはずです。この状態で3日間も夜間航行していたことになります。ドック作業員が船橋ウィングの外壁をスプレー塗装したときに舷灯にビニールカバーをせずに塗装して白色ペイントで右舷灯を塗りつぶしてしまったのです。
塗装の不具合はドックだけではありません。甲板部員の中にも平気でペイントしてはいけない部分までペイントする人がいるので要注意です。ウィンチのブレーキドラムやエアーモーターのシャフトまでペイントしてしまう甲板部員がいます。彼らは何も考えずにただ綺麗にしようと思って塗っているのでしょう。しかし、ブレーキドラムにペイントやグリースが付着すると規定のブレーキ力を得ることが出来ません。
エアーモーターのシャフトに塗られたペイントがシャフトを伝って内部にまで入り込むとオイルシールが破損して油漏れの原因となります。油漏れを直すためにオイルシール交換となると、大変な作業となります。ただ単に綺麗にペイントを塗るだけでは素人と変わりません。塗って良いところと悪いところを区別して適切な場所を塗装しなければ、プロと言えません。
ドック後のトラブルの話をさらに続けます。ドックでパイプ類のボルトナットの締め忘れがときどきあります。ドック出し後はパイプ類だけでなく、可能な限りあらゆるところのボルトナットを本船の手で確実にチェックしなければいけません。また、聞いた話では、大昔、新造船を受け取り出港して夜間に航海灯の点灯を確認したところ、右舷灯と左舷灯が逆に設置されていたという笑い話のようなことが本当にあったそうです。赤灯と緑灯が逆に見えた相手船はあり得ない灯火の位置関係に非常に混乱したことでしょう。