『大型船の橋の下の航行』の話です。
自分の船のAir Draftを知っていますか?Air Draftとは海面上から本船最高部(多くの船ではレーダーマスト頂部)までの高さです。大型LNG船では船橋の高さがすでに40mを軽く超えており、空船時のAir Draftは60m近くにもなります。あるLNG船で明石海峡大橋の下を通過したことがありますが、通過する瞬間はレーダーマストが橋に衝突するのでは、と錯覚するぐらいに見えます。
海図上の橋の高さは最高水面からの高さなので、実際には5m以上の余裕はあるのですが、接触するのではないかとドキドキします。ある船では高さの低い橋の下を通過する港に入いるため、レーダーマストが折りたたむことができる構造になっていました。その港へ入港する場合は、実際に入港準備としてレーダーマストを倒します。
大昔ですが、シンガポールのセントーサ島へ渡るロープウェーの下を通過した船がレーダーマストでロープウェーのケーブルを引っかけるという大事故を起こしたことがあるそうです。一方、日本では、あるコンテナ埠頭へ入港するときは船の最高部が飛行機の飛行区域制限にひっかかるため、航路端を航行する必要があります。このように船は水面下の深さだけでなく、水面上の高さも気にして航行する必要があるのです。
どんな船に乗船していても、時々、初入港を経験することがあります。Voyage Orderを受け取り揚積地を見ると、聞いたこともないような港名で初めて行くことになるのも船員の醍醐味、楽しみの一つです。若い頃、何処へ行くか決まっていないパナマックスのバラ積み船に乗ったことがありますが、世界地図や「Guide to Port Entry」に記載されていない港へ何度も訪れました。そんなときには緯度・経度情報から海図のどこに港やバースがあるかを探します。新しいバースや小さなバースは海図にも記載されていません。
初入港する場合、航海士は直ぐに国旗、海図、潮汐表、灯台表等必要な航海資料が揃っていることを確認します。船長に言われてからでは遅すぎます。初入港と聞けば反射的に国旗、海図、潮汐表、灯台表を思い浮かべるようになって下さい。さらに、その港の事情がよく判る貴重な情報は僚船の寄港報告書です。僚船が最近その港へ寄港していれば、非常に有効な最新情報です。逆に自分の船が他船が入港したことのないような港へ初入港した場合には、寄港報告書を作成して会社宛に提出すべきです。お互いに持ちつ持たれつ、他船のために役立つ情報を提供しましょう。
初めて知らない港へ入港する場合、航海士だけでなく、船長も少なからず緊張します。S/B Engとなり減速して港へアプローチ中にまず、顕著な物標を視認して自船位置や針路を確認します。Sea Buoy、Fairway Buoy、Channel Buoyはもちろんのこと、付近の顕著な島、工場の煙突・タンク等をいち早く確認し、本船の位置や針路が正しいことを実際の目で確かめることです。港や航路入口のBuoyは見え難いものです。
港へのアプローチ時は航海士がそばで見るよりも船長は緊張して平常心が保てなくなっているものです。船長は自船の位置、針路、速力に神経を使って余裕がありません。ですから航海士の皆さんはいち早く顕著な物標を見つけ出して、船長に報告してあげましょう。顕著な物標の次に船長が見つけたいのがパイロットボートです。パイロットボートが確認できないうちは港や航路へ接近しすぎるのは危険です。パイロットボートが確認されてはじめて安心して港入口や航路入口へアプローチできるのです。船長と同じ立場で考えれば、船長が今何を欲しているのかが判るはずです。