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何よりも最優先される船長の判断と行為、そして孤独…

船長のオーバーライド

皆さんは「オーバーライド」と言って何を思い出しますか? 「船長のオーバーライド」とは正確に言えば「Overriding Authority」のことです。「人命、船舶、積荷の安全を何よりも優先させる権限を船長は有している」というときの権限がオーバーライド(Overriding Authority)です。

この船長の権限が、SOLAS、ISM Code、船員法、OPM等において明確に規定されています。船長は人の命、船、貨物を守るために絶大な権限を有しているのです。絶大な権限を持つということは逆に言えば、重責を担っており果たすべき義務も生じるということです。船会社や荷主と利害関係があっても、人命や船の安全を最優先することが責務です。

繰り返して言いますが、船長の手に大きな権力が握られていると共にとんでもなく重い責任がその肩にのしかかっているのです。そして、船長はいざと言うときには何よりも人命、船舶、積荷の安全確保に必要な手段を講じる義務があるのです。船という自己完結を求められる閉鎖的なシステムの安全を維持するには船上にいる最高責任者が巨大な権力を持ち、それを行使する必要があり、その役割を担うのが船長なのです。会社から、そして社会から1隻の船の安全維持完遂のために船長は絶大な権限を与えられています。

具体的な内容を見ますと、以下の通りとなります。


SOLAS Chapter XI-2 Regulation 8  Master’s discretion for ship safety and security

“The master shall not be constrained by the Company, the charterer or any other person from taking or executing any decision which, in the professional judgment of the master, is necessary to maintain the safety and security of the ship.”

船長が船の安全維持や保安維持に必要と判断した決定を遂行することを会社や用船者が抑圧・否定することは許されない。

ISM Code 5  Master’s Responsibility and Authority

“The Company should ensure that the safety management system operating on board the ship contains a clear statement emphasizing the master’s authority. The Company should establish in the safety management system that the master has the overriding authority and the responsibility to make decisions with respect to safety and pollution prevention and to request the Company’s assistance as may be necessary.”

会社は船舶安全管理制度(SMS)の中で船長の権限を強調する記述を含め、さらに、船長の海洋汚染防止や安全に対する責任と権限を明確にし、必要に応じて会社の支援を要請できる旨を含めなければならない。

船員法第12条 船舶に危険がある場合における処置

“船長は、自己の指揮する船舶に急迫した危険があるときは、人命の救助並びに船舶及び積荷の救助に必要な手段を尽くさなければならない。”


皆さんも、船長の権力が絶大である理由を十分に理解できていると思いますが、実際に自分が船長になったときに初めて、この船長の重責にプレッシャーをひしひしと感じ、眠れぬ夜を過ごすことになるでしょう。

船長はどうあるべきか?

さて、「船長の権限とは何か?船長はどうあるべきか?」という問題をあらためて自問自答することになった事故を紹介しましょう。

あるLNG積地ターミナルでLNG船が入港着桟するときに霧で視界が100mになりました。通常、濃霧により着桟基準以下の視界となった場合、着桟操船が非常に危険な作業となるので、着桟作業はもちろん中止です。

ところが、そのときは陸上LNGタンクが一杯になりつつあり、ターミナル側は何とか早くLNG船を着桟させて積荷して陸上LNGタンクの残量を減らしたいという思惑がありました。そのため、協議の結果、危険を承知でLNG船は着桟することになりました。いわゆる目に見えない圧力:コマーシャルプレッシャーが働いたのです。LNGプラントは簡単にその生産を止めることができないため、何とか船を着桟させて陸上タンク量を調整したいという強い意図が陸上ターミナル側にあったのです。

不運なことに、パイロットの操船ミスによりLNG船の船首部がドルフィンに衝突するという事故が発生してしまいました。LNG船側は船首部が破損し被害甚大です。結果論として関係者達は口をそろえて船長を責め立てます。「規則を無視して、そんな危険な状況下でなぜ船長が着桟を認めたのか、拒否すべきであった。」

確かに船長は船体・貨物を守るために着桟を拒否する権限を有しており、このときも明らかに規則に違反する着桟ですから安全が確保できないことを理由に着桟拒否すべきでした。人によっては「船にとって陸上の都合など気にせず、無視して本船側の安全だけを考えて判断・行動すれば良い。」と言い切る人もいます。

しかし、今回のケースを船長の判断ミスと簡単に言い切ることができるでしょうか?常日頃から積地ターミナル(Seller)や揚地ターミナル(Buyer)との関係が円滑になるよう各方面から船に対しての様々な依頼にできる限り協力するということを念頭に船長は船の運航を行っています。

そのため、荷主やターミナル等荷役関係者からのコマーシャルプレッシャーやスケジュールを遅らせることへの抵抗感(LNG Chainを壊した場合の多大な影響)から船長がなかなか「No」と言えない心理が働くのも現実です。もちろん今回の場合は、限度(基準)を超えた着桟作業に対して明確に「No」と言うべきケースでした。しかし、自分がもし同じ立場だったらと自問自答してみると、正直言って100%の自信はありません。

「No」と言える船長は意思の強い立派な船長です。しかし、船長も人間です。ときには迷ったり、間違った判断を下したりすることがあります。そのときに重要なことは、周囲が船長を決して孤独にしないことです。船長も出来る限り、自ら孤独にならないことです。不安、疑問、迷いがあった場合は会社、部下に相談してみることです。

身近にいる航海士のちょっとしたアドバイスが役に立つこともあるのです。三人寄れば文殊の知恵(Two heads are better than one.)です。若い航海士が船長へ助言することは難しいかもしれません。「ばかやろう!10年早い。」と言われるかも知れません。それでも勇気あるあなたの進言で船長が大いに助かることもあるのです。

皆さんも今後、乗船中に大小様々な事故に遭遇するはずです。責任が大きくない今が絶好のチャンスです。事故はまたとない経験を積む貴重な機会で、自分を成長させる場です。様々な難題が船に振りかかったとき、あるいは大きな事故が発生したときに船長がどのような判断を下し、どのように行動したか、C/Oが現場でどのように事後処理したか、そして結果がどのようになったかを自分の目で良く見て覚えておいて下さい。そうすれば、その経験がきっと将来、自分が船長やC/Oになり、同じ場面に遭遇したときに大いに役立つでしょう。

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