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任せた部下が作業内容をすべて理解しているとは限りません

乗船したLNG船で2航海連続して発生したトラブルについて紹介します。キーワードは『人員配置』です。

まず最初のトラブルは錨鎖走出です。過去にLNG船での錨鎖走出事故を経験した私ですが、今回紹介するトラブルは、錨鎖の全量走出という大事故には至らず、幸い錨鎖が半節だけ走出して止まったので、重大ニアミスという扱いになりました。しかし、たまたま運が良かっただけで、一歩間違えば大事故になる可能性のある重大なニアミスでした。

パイロットを乗せて港内を航行しているときでした。バースまで、あと3マイル、9ノットで航行中のことです。突然、船首配置の1/Oから「アンカーが落ちました。」と連絡が入りました。船橋でも何が起こったのか状況が把握できません。なぜ、錨鎖が滑り出るのか?ブレーキが緩んだのか?チェーンストッパーは上げていたのか?大変な状況になったことだけは間違いないと判り、船長以下全員が平常心ではいられない状態です。

Dead Slow AheadからすぐにStop Engineを引きました。咄嗟にイメージしたのは、錨を引きずって船の船体姿勢が乱れて、周囲の防波堤や停泊船に接触する可能性があることです。速力を見るとまだ9ノットです。何とかAstern Engineを使いたいところですが、船速が9ノットもあり主機使用をためらいました。

すると直ぐに1/Oより、「クラッチを入れて巻き上げます。」という連絡が入りました。その頃にはC/Oも現場に到着しています。そして、数分後には無事、錨を元の状態に収めることができました。Windlassのブレーキがある程度効きながら錨鎖が滑り出たので、半節出たところで止まっており、直ぐに引き揚げることができたのです。結果的にはどこにも損傷や怪我人がなく、事なきを得ましたが、一歩間違えば、タグボート上に錨が落ちたり、Chain StopperやChainで乗組員が大怪我をするところです。さらに、錨が切断されたり、防波堤・他船に接触する大事故の可能性さえありました。

Windlassには①Anchor Lashing Wire、②Chain Stopper、③油圧Brake、④Manual Brake(Spindle Nut)、⑤Clutchと「5つの守り」がありますが、錨をS/B状態とするためにはひとつひとつこれらを解除していくことになり、最後は油圧Brakeだけで錨を保持する状態となります。その作業のうち、Manual Brakeの位置を調整するという作業をブレーキの構造や原理を理解しておらず、作業にも慣れていない甲板手や実習生だけで行った結果、マニュアルハンドルを回しすぎてWindlassのブレーキが緩んで錨鎖が滑り出てしまったのです。もし、甲板長や熟練した甲板手のようにブレーキの構造や作業手順を熟知している者を配置しておけば、誤った作業を行わなかったはずです。

その次の航海で発生したもう一つのトラブルは災害事故です。甲板部のフィリピン人実習生がManifold作業中に指に大怪我を負ってしまいました。積荷前のManifold準備作業を手伝っていた実習生がLoading Armのサポートに左指を挟まれてしまったのです。指の傷は深く、一歩間違えれば指が切断されていたほどの大怪我です。

たまたま実習生一人だけで陸上作業者と共同で作業を行うことになりました。作業にも慣れていない実習生が陸上作業者と上手に連携作業ができるはずがありません。陸上作業者が合図もせずにストッパーピンを抜いたところ、見た目より重いサポートの棒が落下し、実習生の指が挟まれてしまったのです。

この錨鎖走出と指負傷の二つのトラブルに共通することは、作業に不慣れなものが誰の指導や監視も受けずに作業をしたことです。事前に作業の内容や注意点を現場責任者が指示していれば、トラブルを防ぐことができたかも知れません。熟練者を適切な場所に配置すれば、トラブルにならなかったかも知れません。現場責任者である皆さんは、何気なく作業配置を決めたり、作業配置の指示がある前に甲板部員達が勝手に作業を行うことがありませんか?作業者全員が私達が思っているほど作業内容を理解し、作業に慣れているとは限りません。意外と作業要領や作業の内容、危険なポイントを知らなかったりして、不安全行動を行うかも知れません。そんな作業者を指導・監督する重要な役目を担っているのが上司たる船長や航海士です。

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