当たり前のことですが、『船にはなくてはならない舵』の話です。
「舵は船を直進させるためにある」これはある人の名言です。「船の舵は何の役目をしていますか?」と尋ねるとほとんどの人が「舵は船を自分の意図する方向へ曲げる役目をしている」と答えるのではないでしょうか。実はこれは半分しか正解ではありません。というよりは間違いです。考えてみてください。船が大洋を航行している時間は港や狭水道を航行している時間より圧倒的に長いはずです。その大洋航行中も舵は絶え間なく仕事をしているのです。
如何なる船も変針のように船首方向を変えるための操舵時間は全体時間の1%にも満たないはずです。ということは舵は船が自分の意図しない方向へ進まないよう常に一定の方向を維持するように、つまり曲がらないように制御しているのです。もし舵がなければ風や潮流の影響で船は真っ直ぐ走ることができません。とんち問答のようになりましたが、「舵の役目は船を直進させるためにある。」と言っても過言ではありません。固定概念を捨てて自由な発想で物事を見つめて下さい。そこには新たな発見があるはずです。
皆さんは、船がなぜ曲がるかという原理を勘違いしていませんか? 舵を切って旋回するときに舵面へ水流が当たり、舵面を海水が押す力で旋回すると考えていませんか?もちろん舵面を押す力(舵直圧力)も発生しますが、その力はそれほど大きくありません。ある程度の速力を有しているときは、舵や船体に作用する揚力の方が圧倒的に大きく、その揚力で船は旋回するのです。飛行機の翼と同じ原理で、舵を切ると舵の左右舷の水流に速度差を生じ、船尾が旋回する力を得るのです。もちろん、港内や錨地で船速がほとんどない状態では舵直圧力で船体が旋回します。
通常航行時では一端、船が回頭を始めると船体周囲の左右舷での流速差により揚力が発生して回頭角速度がどんどん発達するのです。揚力は水流速度の2乗に比例するので、舵の位置は船で水流が最も早い位置に付けるべきです。水流が最も早いのはもちろんプロペラ後方で、しかも、回頭モーメントが大きくなるのは船体中央から遠い場所です。従って、舵がプロペラの後方に設置されるのは当然の結果なのです。逆に後進の場合は舵が船尾に位置するため大きな舵力を得ることができません。仮に後進用の舵がプロペラの前部に付いていれば、後進時も舵効きが良くなり、非常に楽に操船ができるはずです。
出港前に舵テストを必ず実施していますが、SOLASで規定された舵の動く速さ、「所要操作速度」の要件を知っていますか? SOLAS Ⅱ‐1章 C部 規則29に規定されています。舵は片舷35度から反対舷30度までを28秒以内に操作できることを求められています。
3 The main steering gear and rudder stock shall be:
(前略)
.2 capable of putting the rudder over from 35° on one side to 35° on the other side with the ship at its deepest seagoing draught and running ahead at maximum ahead service speed and, under the same conditions, from 35° on either side to 30° on the other side in not more than 28 s;
(後略)
引用:SOLAS CONSOLIDATED EDITION 2014
しかも、このときの船の条件は停泊中ではありません。最大航海喫水における最大前進航海速力です。いわゆる満船のMCRです。従って停泊中の舵テストでは28秒よりさらに早い時間で舵が操作できなければ、この規則の条件を満たしていないことになります。
テスト時の舵角が35度から35度でないところがおもしろいところです。規則では35度から反対舷30度となっています。理由は定かではありませんが、おそらくHardからHardに舵を切るとRam Cylinderに勢いがつき過ぎてリミットに達して操舵機を損傷させる可能性があるからではないでしょうか?ちなみに通常の舵角は35度までですが、豪州のDampier港に入港するLNG船は45度まで舵角を取ることができる仕様になっており、実際にバース手前で回頭操船するときには、Hard Starboard (舵角45度) まで取ります。もちろん舵角45度は過大な負荷がかかるため、極低速時のみ使用可能となっています。