同航のコンテナ船同士の衝突事故の話です。
シンガポール海峡ホースバーグ灯台北東沖を21ノットで南下中のコンテナ船が左前方を航行する横切り船を避航するため大きく右転したところ、右舷後方を航行中のコンテナ船に衝突しました。当時は早朝の暗闇で視界は8マイル、風力3でした。
根本の原因は避航義務のある横切り船が適切な避航動作を取らなかったためですが、本船側にも責められるべき点がいくつかあります。先ず2.5マイルに接近するまで横切り船を視認しておらず、機関を使用して安全な速力とすることもしませんでした。ホースバーグ灯台手前の海域は船舶がシンガポール海峡航路へ進入するために収れんする海域です。
早めに周囲の状況を把握して必要な操船をすべきです。また、事故当時の避航動作として大きく右転するという操船が適切だったでしょうか?結果的には船舶が輻輳する海域で大きく右旋回して衝突事故を起こしたのですから、適切な避航動作ではなかったということになります。
このような事故を起こさないためには、できる限り早期に相手船を視認し、RADAR/ARPAにより相手船との関係を把握し、VHFによる双方の意思を確認して、早期に大幅な変針や減速による避航動作を取るという一連の基本動作を忘れてはいけません。
この事故の問題点は以下の5項目であり、これらのエラーの連鎖によりBRMが機能しなかったために事故が発生したと言えます。
機関部当直を実施せず
狭水道入口付近であったにもかかわらず、機関部の有人当直を実施していませんでした。シンガポール入港後に補油、予備品積込を控えているので機関部員を出来る限り長く休ませたかったのです。行き過ぎた労務管理上の配慮が安全対策をおろそかにしてしまった典型的なケースです。結果論かもしれませんが、安全最優先で機関部当直を開始すべきでした。
不適切な航海計画
数日前まではETA調整のためにDriftingするほど時間的余裕があったのに、シンガポール海峡をFull Speedで航行する航海計画を立案・実行した。減速航行では機関部当直が必要となるために、Full Speedで航行したのです。時間に余裕があり、主機関に問題なければ、いつでも減速できる安全な速力で航行すべきでした。
横切り船の発見の遅れ
なぜ船長は横切り船を2.5マイルという接近した状況になるまで発見できなかったのか?当時使用していたレーダレンジが6、8マイルと小さ過ぎました。当直員が責任感と緊張感を欠き漫然と見過ごし、周囲の状況を確認していません。船舶輻輳海域である当該海域では早期に他船との関係を把握し、必要な動作を取るべきでした。
他船との通信連絡、意思伝達の失敗
本船のVHFでの相手船呼び出しが上手くいきませんでした。以前の通話後にVHFを16チャンネルに戻すのを忘れていた可能性があります。切迫した状況に陥る前に他船との連絡がスムーズに行われていたならば、事故を避けられていた可能性が高いのです。普段より通信機器の状態は良好であることを確認しておきましょう。
不適切な避航操船
本船右舷後方1.1マイルに同航コンテナ船が航行していたのに360度回頭する避航操船が適切であったか?
- なぜ主機の使用による減速を行わなかったのか?
判断に必要な時間を長く取るため、また、被害を最小にするために減速すべきでした。 - 本船は海図上に「No Go Area」を設定していたのか?
本船の右舷側海域には右に針路を変えても十分な余裕水域がありました。 - ブリッジ内のコミュニケーションの問題
船長が自分の操船意図を当直者の誰にも伝えていませんでした。伝えていれば当直者から有用な情報や進言を得ていたかも知れません。 - 状況認識の問題
変針開始前の後方確認、他船の動き、余裕水域や分離通行帯までの距離の報告等航海士が船長を適切にサポートしていれば、船長は状況認識を誤ることはなかったかも知れません。実際に本船が右転する前に横切り船が避航動作(左転)を取ったので、右転する必要はまったくありませんでした。船長は右転するときに他船の動静をARPAの情報のみで判断するという致命的なミスを犯しました。余裕のない船長を補佐するのが航海士の役割です。
ポイントを整理すると、以下の3点が今回の事故防止に必要な対策です。
- 機関を自由に使えるよう機関当直員を配置すること。
- 当直航海士が十分な船長補佐を行う適切なBRMを実施すること。
- 可能な限り早期に他船との関係を把握し、必要かつ適切な避航動作を取ること。