ひとたび事故が発生すると大事故となることが多い『揚錨機(Windlass)』の話です。
頻度は高くないかも知れませんが、どこかの船で投錨作業中のトラブルが発生しています。しかも、錨が関係するトラブルは、重大で深刻な損傷を伴うことが多くなります。船の大型化が進んで錨・錨鎖は非常に重量があり、一度レッコーするととてつもない荷重がWindlassにかかります。ですから深海で投錨するときは、不測の事故を起こさないよう敢えてレッコーせずにWalk Backすることを皆さんも知っているはずです。
最近は少々水深が浅くてもできる限りWalk Backして錨を海底にそっと置くようにする投錨が多くなりました。特に「JIS型アンカー(JIS-A型)」に比べて多く採用されている「AC14型アンカー(JIS-B型)」はしっかり把駐力を保持するのでレッコーせずにWalk Backで十分と感じます。ちなみに外国人船員にWalk Backと言ってもなかなか通用しません。Walk Backは「by Gear」、レッコーは「by Gravity」と言えば理解してもらえるはずです。では、水深何メートル以上でWalk Backすべきなのでしょうか?船舶管理会社によっては、水深30m以上でWalk Backするよう指示している会社もあります。
大昔の話ですが、巻き揚げ能力の乏しいWindlassを装備したVLCCに乗船したことがあります。その船では、Fujairahのように水深が100mを超えるところで錨泊する場合、揚錨が一苦労です。投錨は9、10シャックルをWalk Backして降ろすだけなのでさほど負荷がかかりませんが、錨を揚げるときにはWindlassのパワーが不足し、全油圧ポンプをFullに使用してもWindlassの力だけでは錨を巻き揚げることができません。
そこでWinchの力を借りるため、係留索(ホーサー)をWindlassのドラムに巻き、それをWinchで共巻きしながら錨を巻き揚げるのです。このときの錨と錨鎖を合わせた重量は100トン近くにも達します。皆さんは自船の錨、錨鎖の重量やWindlass、Winchの巻き揚げ力を把握していますか?航海士は、本船の錨の重量や1シャックル当たりの錨鎖の重量を知っておく必要があります。
また、どれだけの深さまでならWindlassで錨・錨鎖を巻き揚げることができるか確認しておく必要があります。例えば長さ300m近い大型船で水深が50mの錨地で錨を揚げる場合、錨が20トンで錨鎖が1シャックル当たり8トンとして16トン、合計36トンの重量です。もしWindlassの巻揚げ能力が36トン以下の小さいパワーしかなければ、錨を巻き揚げることができません。
その他にWindlassの仕様で知っておかなければいけない重要な性能は、巻き揚げ速度及び繰り出し速度です。巻き揚げ速度は、錨地から出港あるいはシフトするときに錨を巻き始めてから巻き揚げ終わるまでに何分かかるかを計算するときに必要です。例えばWindlassの巻き揚げ速度が12m/分で錨鎖を7ss入れているとき、単純に計算すると7×27.5m÷12=16分となり、20分前から余裕を持って巻き始めれば良いと判断できます。
一方、繰り出し速度は巻き揚げ速度よりも重要です。Walk Backで投錨するときに、少し後進行き脚をつけて錨鎖を繰り出しますが、このときWindlassの繰り出し速度を超えての後進行き脚は危険です。例えば、16m/分の繰り出し速度のとき、16m/分は16m×60÷1852≒0.5ノットなので、Walk Back時の船速(後進行き脚)はおおよそ0.5ノットを超えるとWindlassに無理な力がかかり、危険であることが判ります。投錨作業は船長一人で行う作業ではありません。航海士も船長と同じようにWindlassの巻き揚げ速度、繰り出し速度に基づく揚錨所要時間やWalk Back時の限界速度を知っておきましょう。