船が受ける様々な検査の中で『国が船舶を監督するために行う検査』の話です。
自国に入港してくる外国籍船に行うPSCは、1ヶ国が単独で行っても効果的ではありません。そのため広範囲で各国が協力して、検査情報を共有し、統一の覚書(MOU)に基づき、PSCを実施しています。日本が参加している地域協力組織のことを「東京MOU」と呼び、アジア太平洋地域の国々が参加しています。その他にパリMOU等世界に9つのMOUがあります。アジアの国々では東京MOUに基づいて同じ基準でPSCを実施しているのです。もし、各国で基準が異なっていると、寄港する国によって検査対象や検査内容が異なり、船は混乱してしまいます。ですからアジアの香港・シンガボール等各国の基準は日本と同じとしています。
PSCの検査内容を簡単に説明すると、船舶の満載喫水線表示、Overdraftの有無、外部損傷の有無等の外観検査、船橋の操舵設備、無線設備、海図等の検査、救命設備及び消火設備の検査、機関室の油水分離器の検査等々です。これらの検査を日本の場合は、国土交通省所属の外国船舶監督官が厳しく実施します。もちろんPSCの根拠となる規則は国際規則であるSOLAS条約、MARPOL条約、STCW条約、COLREG条約、Load Line条約、Tonnage条約等々です。
「PSC」の対象が外国籍船であるのに対して、日本籍船が対象の検査があります。それは「船員労務監査」です。この検査は日本籍船が我が国で定められている船員法・労働基準法の規定に従って運航されていることを確認する検査です。労務管理や乗組員の就労体制、ライセンスというソフト面が検査の対象となります。この検査は主に内航船を対象としているようで、国土交通省所属の「船員労務官」が多くの内航船へ訪船して検査を実施しており、私達が乗り組むような外航商船には殆ど実施されていません。私も長い乗船経験で3度しか船員労務監査を受検したことがありません。この検査結果は公用航海日誌に記録され、以降1年間は当該検査を免除されます。
平成17年4月、「海上運送事業の活性化のための船員法等の一部を改正する法律」の施行を契機に、「運航監理官」と「船員労務官」が統合され「運航労務監理官」が設置されました。これにより「船員労務官」という執行官は廃止されたのではなく、「運航労務監理官」が船員法に基づく「船員労務官」として権限を執行することになりました。
船員労務官の権限や職務については船員法第105~109条に明確に規定されています。船員労務官は「船舶所有者や船員が船員法や労働基準法を遵守していない場合、注意、喚起、勧告し、違反の罪について司法警察員の職務を行う。」と規定されています。ここで言う「司法警察員」とはいわゆる「お巡りさん」です。従って、船員労務官は「船に乗り込んできて、労働関係の犯罪がないかどうかをチェックするお巡りさん」という立場になります。
ちなみに、船員法の120条の3に外国船舶の監督について規定する条文があります。なぜ船員法に外国船舶の取り締まりにかかわる条文が盛り込まれているのか知りませんが、日本船舶以外の船舶に対して、次のように謳っています。「航海を継続することが人の生命、身体若しくは財産に危険を生ぜしめ、又は海洋環境の保全に障害を及ぼすおそれがあると認めるときは、その船舶の航行の停止を命じ、又はその航行を差し止めることができる。」まさにPSCの内容です。意外ですが、PSC実施について船員法で規定しているのです。