随分大昔のことです。私が3/Oの頃の「代理店は代理店でも・・・ああ勘違い」という笑える話です。
パナマックス型タンカーでシンガポールからカリブ海へ向かう途中にスエズ運河を通過することとなり、スエズ港に錨泊しました。スエズ運河は地中海と紅海を結ぶ船舶輸送の要となる全長約90マイルの運河で、地中海側の港がPortside(ポートサイド港)、紅海側の港がSuez(スエズ港)です。
スエズ運河を航行したことがある人にはイメージできるでしょうが、スエズ運河を北航する場合はスエズ港の錨地に前日までに錨泊し、大小様々な船がコンボイ(船団)を組んでスエズ運河を通過することとなります。当時はたまたま船混みしていたのでしょうか、本船に通過の順番がまわってくるまで2日間も待たされ、その間スエズ港で錨泊することになりました。
指定錨地に錨を入れ終わると、直ぐにボートが舷門まで近づいて来て、現地代理店担当者2名が乗船してきました。もちろん本船の船長がいつも通り、ラウンジでその代理店に対応し、入港・通峡に必要な書類を提出しました。やがて代理店が手続きを終えて帰る頃になって、おもむろにピラミッド見学ツアーの話を始めたのです。「沖待ち中、ピラミッド見学ツアーに行きたい乗組員はいませんか?」と代理店が船長に尋ねました。
2日間もの沖待ちがある絶好の機会です。船長が乗組員に希望を募ったところ約10人が手をあげて、早速その日に上陸することとなりました。費用は1人1万円程度だったと記憶しています。本物のピラミッドやスフィンクスをすぐそばで見ることができ、ラクダに乗ったり、ナイル川を見たり、パピルスの絵や銅版画等沢山のお土産を買って全員がエジプト文明を満喫して夜遅くに船へ帰ってきました。
すると船長曰く「今朝、来た代理店は“ほんもの”でなく、“にせもの”やったわ。」直ぐには意味がわかりません。「あの代理店は本船の船舶代理店でなく、旅行代理店だったわ。本物の代理店は皆が上陸して、すぐ後から乗船してきよったわ。」と船長に説明されて、帰船した者達は納得で大笑いです。もちろん船長の前では笑いをこらえていました。
そうです。錨泊して真っ先に乗船してきた代理店は旅行代理店で、停泊している各船に旅行希望者を勧誘してまわっている業者で、入港手続きには一切関係ありませんでした。乗船してきていかにも本物の代理店のように振る舞い、入港・通峡に必要な書類をチェックするのも彼らの作戦なのでしょう。この手口で何隻の船を騙してきたのでしょうか? でも本船にとって実害はなかったので、皆で大笑いしただけで済みました。おかげで私達上陸した乗組員は本物のピラミッドやスフィンクスを見られたのですから、旅行代理店に感謝、感謝。
ところで、スエズ運河の大型船の通航料金は1回当たり2,000万円にもなります。そろばんを弾くと、航路によっては余分な時間と燃料を使って喜望峰回りで遠回りするよりは2,000万円払ってスエズ運河を航行するほうが経済的優位なのです。だからこそ、高い通航料を支払ってでも運河を通航する船があるのです。