危険との付き合い方

危険は船上にいたるところに潜んでいますが、その『危険との付き合い方』の話です。

一般的に「危険」とは、「事故や人命に危害が及ぶ等の悪い結果を招くおそれがあること」です。「危険」は悪い結果のおそれがあるので、当然のことながら避ける必要があります。

さて、皆さんは普段から船上の「危険」とどのような距離感で、どのような付き合い方をしていますか?私が在籍していた船会社では、ある年に連続して重大海難事故が発生したため、船陸全体で「危険」に対する考え方や対応方法を再確認しました。船陸関係者が再発防止を目指して警鐘を鳴らした「危険」に対する私達船員の取り組み方を少し噛み砕いて説明したいと思います。

1. 危険を予知する想像力を持つこと

ほとんどの危険が目に見えません。その見えない危険が突然、私達船員に降りかかってくることがあります。予期せぬ場所、予期せぬタイミング、予期せぬ形で私達に危険が襲ってくるのです。危険予知が完璧にできれば、危険から事故には発展しませんが、将来の危険を予測するのは言うほど簡単ではありません。しかし、「危険は予知できない」とあきらめるのではなく、少しでも危険予知能力を高める努力を私達船員はすべきです。

危険を予知するためには経験や知識に基づく理論的思考が必要となります。例えば入港S/Bとなり自船が減速を開始したときに、船尾付近の同航船に注意することができるのは、自船の減速によって変化する航行環境、発生する今後の危険を予測できるからです。将来を予測する力は一朝一夕には身に付きません。普段から「ああなれば、こうなる」「こうすれば、そうなる」というストーリーを自分で考え、一歩先を見据えることを心がけましょう。

危険に対する取り組み方は「墓石安全」ではなく、まずは「予防安全」です。起こってから対処するのではなく、事故につながる危険の有無を調査し、未然に危険の芽を摘むことが必要です。まさにハインリッヒの法則です。重大な事故になる過程の軽微なミスをMinimizeし、さらにミスにつながる前段階で危険分子を早期に可能な限り排除すれば事故が減少するはずです。

2. 危険に対して無茶をしない、無理をしない

「ついつい」「まあいいか」という言葉があてはまるようなことを皆さんはしていませんか?静かに潜んでいる危険に対して油断をしているかも知れません。「これぐらいは大丈夫」「なんとかなる」というような言葉があてはまることをしていませんか?危険に対して無理をしているかも知れません。例えば、ETAに余裕がないからといって、相手船をぎりぎりでかわしてはいけません。可能な限り余裕のある避航操船をすべきです。「Commercial Pressure」も危険に対して無理をしてしまう要因です。

船陸関係者が協力してできる限り船に対して「Commercial Pressure」をかけない状態を維持することが大切です。過信せず危険に対して正面から向き合わずに、石橋を叩いてでも慎重かつ確実に対応することです。ついつい油断や無理をして、取り返しのつかないことになれば、一生悔やむことになるでしょう。将来有望な人生に汚点が残るかも知れません。面倒くさいことを嫌がらず、あえて堅実な手段を選ぶように心がけましょう。

3. 危険な場所に近づかない

外国人職員は日本人職員よりも怪我をすることが少ないと言われています。その理由は外国人職員が日本人職員ほど危険な作業をしないからです。危険な場所に近づかない、危険な作業をしないことは事故・災害防止の最も有効な対策かも知れません。しかし、私達船員はときには危険を伴う作業を行わざるを得ないこともあります。

そんな状況でも危険が内在する場所を避け、危険な作業手順を見極めるだけの技量を有する必要があります。例えば、航海中にコースラインにこだわりすぎて、わざわざ漁船がたくさんいる危険な方向へ船を進める必要はありません。状況が許す限り、広い安全な方向へ船を進めれば良いのです。危険へ近づけば近づくほど事故発生の確率は高まるのです。

4. 不測の事態に備えて、十分なマージンをとる

不測の事態が起こるときには、大概は想定外の出来事がきっかけで事態が悪化します。福島原発事故のときにも「想定外」という言葉が議論されましたが、重大な事故に至らないようにするためには、想定外の出来事が起こらないように十分な安全量、十分なマージンを確保しておく必要があります。

また、万一想定外の出来事が発生してもその事態を収拾するための時間や場所の余裕を持っておくことも重要です。入港S/B中に主機や操舵機に異常が発生した場合、状況によっては衝突・乗揚げ等の重大海難に発展することもあり得ます。そのような場合でも慌てないよう、適切な対応ができるように日頃から頭の中でシミュレーションして十分な精神的、時間的、空間的及び技術的に余裕を持っておけば良いのです。

5. 危険に対して早目に回避動作をとる

明らかに危険であると判断すれば、引き返す、取り止めることです。言うのは簡単ですが、一旦決めた計画・予定・作業を中断することは非常に難しいものです。なぜならば様々なところへ影響を及ぼし、関係者に迷惑もかかり、自分のプライドまでが傷つくからです。Plan Bを用意しておき、いつでも変更できる、どのようにでも変更できるという心構えが必要です。ここでも「Commercial Pressure」が強くかかわってきます。

「Commercial Pressure」に屈せずに打ち勝つ勇気が必要です。安全最優先が関係者の共通認識・相互理解なので、危険から離れる方向へ進むことを誰も咎める権利はないし、咎めてはいけません。例えそれが経済的損失・時間的損失になろうともです。回避は早ければ早いほど、安全性が高まり、万が一事故が起こってもその被害の大きさや波及する範囲が極力小さく抑えられるはずです。

6. 危険に慣れてはいけない

人間の適応能力は非常に優れています。何度も同じ作業を行っていると、やがては慣れて要領を覚えてしまって鼻歌まじりに作業ができるようになります。そんなときが最も危険なのです。自動車も免許を取りたての新米ドライバーは慎重に車を運転するので、それほど大きな事故は起こしません。

慣れてきてスピードを出しすぎる頃の運転がとても危険なのです。それと同じように船の作業も慣れすぎて危ないと感じなくなっているときが最も要注意です。相手船との距離が小さすぎませんか?自分の目で行う見張りの回数が減っていませんか?新米航海士の頃の自分の避航操船を思い出して下さい。

7. 危険に対して、常に備えておく

航海士たるもの非常事態発生時に適切に対応するのは当然ですが、発生前にも「危険」に対してできる限りの対策を取っておくことが求められます。当然、予測できる危険と予測できない潜在的、突発的な危険があります。しかし、可能な限りどのような危険に対しても最大限の準備は行っておく必要があります。閉鎖区画へ入る場合に呼吸具を現場に準備しておくことは、まさに酸欠という危険に対する備えです。溶接作業を行うときは、付近に消火器やバケツの水を用意しておくのも火災という危険に対する備えです。

8. 危険に対して、真摯に臆病であれ

私達船員は信念と自信と誇りをもって船の仕事をしているプロです。ですから、どうしても臆病に振る舞うことに抵抗があります。臆病であることを自分自身で情けなく感じたり、格好悪く思ったりして、どうしても船乗りのプライドが邪魔をしてしまいます。しかし、現場では臆病であることが、結果的に賢明であることが多いのです。

危険の恐ろしさ、事故の怖さを知っていれば知っているほど臆病になるはずです。素直に危険を怖いと思えば、自ずと臆病な気持ちになるはずです。大きな事故を起こした人が二度と同じ事故を起こさないのは、怖さを身をもって知り、臆病になるからです。ですから事故を起こしていない船員も、怖さを知らない船員も危険に対して臆病であるべきなのです。

ハインリッヒさんの法則に納得です

 

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